2006年04月29日

母の主治医に最初のお願い

成年後見の申し立てをするに当たって、主治医の診断書を提出する必要があります。
申し立ての後で、家庭裁判所から精神鑑定の依頼を医師にするそうなので
その鑑定をしていただけるかどうかをうかがっておかねばなりません。
鑑定できないとなったら、他の方を紹介してもらわないとならないのです。

グループホームさんに入居してる母は、今は近所の内科の医師の2週に一度の
往診を受けています。
ならばこの医師が往診に来てくれるときに一度お会いして、お話しをしようか。
こちらも仕事を持つ身なので、休みを取らなければならないけど。
この医師には母が12月にグループホームさんに入居してからみていただいてます。
お会いしたのは以前、1,2回だけ。

まずは、ともかく会ってきりなりお話しよりはお電話で御連絡を・・・とおもい、
連休前にと4月28日(金)お電話することにしました。

しかし、まずなんと言って良いやら頭の中がパニック状態。
言わねばならないのは、以下のこと。

1,診断書をかいていただくこと
2,申し立ての後、精神鑑定をお願いしたいこと
3,鑑定をお願いした場合の費用はいくらでやっていただけるのか

紙に書いて整理して、仕事の合間を見てようやくお電話。
先生は往診中でお留守とのこと。

夕方5時前後なら、と診療所の方にいわれてかけ直してようやく先生とお話しが
できました。

私が成年後見の申し立てをしたいことを話すと、すぐにいいですよ、もう何人も
やったことありますから、鑑定料も一律10万円でやってます、とのこと。
費用のこともこちらからアレコレ言うよりも先に、言っていただけたので楽でした。

この10万円というのは妥当なところのようです。
一番最初に家庭裁判所へ相談に行った時に、そのくらいかかると言われて
いたからです。

ゆっくりお話しは出来なかったけど、どうもこの精神鑑定とは、私が(だぶん母も)
先生の所へ行って書いていただくものらしいことがわかりました。
先生も書くのに時間も半日くらいかかるらしい。

家庭裁判所へ提出用の「診断書」は私の手元にあるので、今度先生が往診に
来てくださるとき(次回は5月8日とのこと)に渡してもらえるよう、グループホームさん
に預けるようにしようと思っています。

30日に今後の母のケアについてグループホームのホーム長さんと会って
お話しをする約束になってるので、この時に持っていきましょう。



posted by みどり at 10:13| Comment(0) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「登記されていないことの証明申請書」申請


戸籍謄本が用意できたので、次はこれと「登記されていないことの証明申請書」に
記入をして東京法務局へ郵送をすることにしました。

記入していてハタと考えてしまったのが「証明事項」
4つ項目がありどれかにチェックを入れるようになっています。

1,成年被後見人、被保佐人とする記録がない。
   (後見・保佐・を受けていないことの証明が必要な方)

2,成年被後見人、被保佐人、被補助人とする記録がない。
   (後見・保佐・補助を受けていないことの証明が必要な方)

3,成年被後見人、被保佐人、被補助人、任意後見人契約の本人とする記録がない。
   (後見・保佐・補助・任意後見を受けていないことの証明が必要な方)

4,その他(       )とする記録がない。上記以外の証明を必要とする場合。


私の場合はどれだろう?1から3のどれでも当てはまるけれど??
解らなければ問い合わせするのが一番。東京法務局へ。
私も、母も両方とも「3」でいいとのこと。

「登記されていないことの証明申請書」2通と戸籍謄本1通。
証明書を発行してもらうこと、返信用の封筒を一通同封したことを便せんに記入。

切手を貼ったA3サイズの返信用の封筒。
表にはもちろん私の住所・氏名、(私の名前記入)の証明書1通、(母の名前記入)の
証明書1通、と横に明記しておきました

以上を同封して、東京法務局へ郵送。
4月19日(水)投函、26日(水)には証明書が届きました。

posted by みどり at 08:42| Comment(0) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戸籍謄本の交付を申し込む



成年後見の申し立てをする事にして、家庭裁判所・松戸支所へ行きお話を聞き
必要な書類ももらってきましたが、やるべきことは山ほどありさてどこから手をつけて
よいのやら・・・と、しばし悩みましたが、悩んでもしょうがない。
出来るところから、一つ一つやっていくしかありません。

そこで最初は「登記されていないことの証明申請書」を私の場合の管轄・東京法務局へ
提出することに手をつけました。
最初「登記されていないことの証明申請書」という全く同じものが2枚あるので
何で?と思いましたが、わかりました。
私が母の後見人になっていないこと、母に後見人がいないことを東京法務局に
証明してもらう為に申請するのです。
私の分と、母の分、だから2枚。

よく読むと添付書類として「戸籍謄抄本」が必要とのこと。
ところで私は今まで「戸籍謄本」と「戸籍抄本」の違いを知りませんでした。

「戸籍謄本」は戸籍に記載されている人全員が証明された書類。
「戸籍抄本」は戸籍の中の一部の人が証明された書類。

私の場合は、自分と母の証明が必要。
念のため東京法務局に問い合わせると、私と母で合計1通あればいいとのこと。
ならば「戸籍謄本」1通あればいいわけです。

フルタイムで働く私が、市役所に行くためには休みを取らないと・・・と、思いましたが
松戸市は、市役所窓口での発行の他、郵送での受付、JR松戸駅の連絡通路に
いつでも申請の出来るボックスが設置されてることを知りました。
ボックスを利用する事に決定。

市役所のHPを見て、設置場所・手数料等を確認してから行きました。
80円切手を貼った、返信用の封筒と手数料を用意して仕事帰りにボックスへ。
そこはよく通る通路なのですが、いままで市役所の受付ボックスがあるなんてまったく
知りませんでした。
いろいろと説明が書かれていて、のりつき封筒も用意されている。
これに手数料(450円)と返信用封筒、申込用紙を入れて封をしてボックスの中へ。

4月4日(火)の夜に投函。4月6日(木)には返送されてきました。
早い!
posted by みどり at 08:26| Comment(0) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初めて家庭裁判所でもらってきた書類

3月29日(水)初めて家庭裁判所でもらってきた書類です。

家庭裁判所・松戸支所へ行って、成年後見の審判申し立てのために必要な書類一覧や、
説明が載ったものをもらってきましたが、その内容一覧です。

「後見開始の審判申し立てについて」1枚
申立書の記入について、申立人について、申立書等の提出先、申し立て後の手続き
について、簡単に書かれています。

「家庭裁判所に提出する資料のコピーの取り方」1枚
用紙はすべてA4の大きさにすることや、預貯金の通帳のコピーは印字されてるページ
を総てコピーを取ること、など書かれています。

「登記されていないことの証明申請書」2枚
何のことか初めは解らず、同じものが2枚あることの意味も分かりませんでしたが
しばらく考えてやっと解りました、東京法務局にも確認しましたが
つまりは、私が母の後見人になっていないこと、そして母には後見人がいないことを
証明してもらうために東京法務局へ提出する書類です。だから2枚あるのです。
申請書1枚につき、手数料として500円の登記印紙を貼るようになっています。

「登記されていないことの証明書の交付申請に当たっての留意事項」
上記の「登記されていないことの証明申請書」の裏側に交付手続き方法が
書かれています。
交付は住んでる地域によって違いますが、私の場合のは東京法務局。
書類をそろえたら直接窓口で申請する、もしくは郵送でも出来ます。
交付申請には戸籍謄抄本もそろえる必要があります。

「後見開始申立書」1枚
本人(母)、申立人(私)の住所・氏名・職業など記入する用紙です。

「申し立ての趣旨」1枚
なぜ申し立てをするのか、その理由・事情を記入する用紙です。

「申立書付票1 本人以外の申し立て用」2枚
ここで言ってる「本人」というのは私から見ると母のことです。
本人(母)が今どういう状態なのかを記入する用紙です。

「申立書付票2 本人以外の申し立て用」1枚
上と同じで本人(母)の今の状態について記入する用紙です。

「後見人等候補者身上書」1枚
後見人等候補者(つまり私)の適正を判断するための物だそうです。
経歴、職業、経済状況など記入するようになっています。

「本人の財産目録」2枚
本人(母)の財産について、不動産、預貯金について記入する用紙です。

「財産目録 記載例」1枚
財産目録の記入のしかたの例が載っています。

「収支表」1枚
母について月平均の見込額で、収入、支出について記入する用紙です。

「収支表 記載例」1枚
収支表の記入のしたかの例が載っています。

「親族の同意書について」1枚
成年後見等事件(家庭裁判所に申し立てをおこすと言うことは「事件」という表記になる
のだとはじめて知りました)について、本人(母)の親族の同意書を準備するほうが
家庭裁判所の手続きが比較的速やかに進行します、という内容が書かれています。
同意書を用意することが難しければ提出しなくてもよいそうです。

「同意書」1枚
本人の親族に記入してもらうための用紙です。

「同意書の記載方法」
同意書の記入のしかたを書いた用紙です。

「申立人の方へ」1枚
申し立て人とはつまり私ですね。
まずは最初に家庭裁判所に書類を提出する際に医師の診断書がいること、
さらにその後、その主治医に今後家庭裁判所から依頼があれば、精神鑑定を引き受けて
もらえるかどうかを確認しておくように、と言うことが書かれています。

「主治医の方へ」1枚
家庭裁判所から主治医へのお知らせの形式で書かれています。
このまま主治医に渡せるようになっています。
後見開始の申し立てにあたって、本人(母)の診断書が必要なこと、申し立てがされた場合
精神鑑定を依頼することになること、の内容です。

「主治医の方へ 追加」1枚
本人(母)がコミュニケーション能力がほとんど無い場合は、精神鑑定は省く場合もある
という内容が書かれています。

「診断書 成年後見用」1枚
家庭裁判所へ提出するための用紙です。
主治医に記入していただく用紙。

「照会書 鑑定依頼に関する主治医の考え」1枚
主治医に精神鑑定を引き受けてもらえるかどうか、鑑定費用ついても主治医に確認
して申立人(もしくは本人)が記入するようになっています。
鑑定にはお金がかかるのです、主治医に貴重な時間を割いてもらうのですから。
家庭裁判所に最初に相談に行った時にも、言われましたがだいたい10万円前後だそうです。
後日、私が主治医にお願いをしましたらその方は「一律10万円でやっています」と
のことでした。

「成年後見関係事件必要書類一覧表」1枚
家庭裁判所へ提出する必要書類の一覧表です。

以上です。

posted by みどり at 06:44| Comment(0) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月23日

初めて家庭裁判所へ

銀行の方から成年後見の話を聞き、法律の本を読み、ネット上で少々調べると
手続きの管轄は家庭裁判所らしい。
裁判所のHPをみると、必要な書類がファックスで取り出せるサービスもあるけど
いろいろ面倒な手続きがあるらしいので、これはやはりちゃんと家庭裁判所へ
直接言って話を聞いてみるのが一番であろう、と思う。

3月29日(水)職場は休みをとる。
午前中は母が定期預金をしていた銀行へ行き、継続の手続きが必要だった母の定期預金
について必要な手続きをとる。毎年いちいち来なくていいように自動継続にした。
これは私でも手続きOKとのこと。
あと、私が一人暮らしをしていたとき毎月母に数万円、お金を渡していたのですが
母はそれを総て私名義で貯金してくれてました。
その額、ちりも積もれば山となる、で数百万円になっていました。
考えた末、このお金ではじめて投資信託をすることにしました。銀行の方から説明を聞き
安全そうなもの2種類を購入。
一つに全額つぎ込んでは危ない、と思ったからです。


その後、地元の千葉家庭裁判所・松戸支所へ。
ついたのは午後3時半頃。建物の中へ入ってもまずはどこへいったいいものやら・・・。
キョロキョロしながら成年後見の事についての窓口へ。
行くと係りの方が「3時半までなんですよ、話をしてもらえるかどうか聞いてきます」と
どこかへ行ってしまう。相談をしてくれる人は別のとこなのか。
先ほどの方、すぐ戻ってきて「話をしてもらえるそうですから、一緒に来てください」とのこと
入った部屋は殺風景で小さなところ。
60歳代?とおもわれる細身の男性が一人。どういう資格を持ってる方なのか解らない。

家族構成や、母の様子、なぜ成年後見の手続きをしようと思ったのかなど聞かれる。
普通は親が寝たきりになってしまった時に、この手続きをとるのだと言うことを聞く。
ただ私の場合は、父が亡くなって30年たつし、家族は母と私の二人だけということで
「そう難しくはないでしょう」とのこと。

必要な書類と、手続きについて書かれた書類の束を渡される。
まずは東京法務局へ書類提出が必要とのこと。これには「登記印紙」を貼らなければ
ならないが「そのあたりで売ってる物ではないから、すぐ隣の法務局がまだあいてる
だろうから買っておきなさい」とアドバイスされる。
たしかに「収入印紙」なら聞いたことあるけど、「登記印紙」なんて初めて聞きました。
さっそく法務局へ。
500円の「登記印紙」を2枚購入。

東京法務局へは戸籍謄本も一緒に提出するので、市役所にも行きたかったけど
時刻はもう午後4時半頃になっていたので、行ったところでもうタイムリミット。
この日はコレで、とりあえず「仕事」終了としました。
昼食を食べ損ねていました。

この後は、有楽町まで行ってシネカノン有楽町でアニメ「ウォレスとグルミット
野菜畑で大ピンチ!」を観て息抜き、息抜き。
posted by みどり at 04:24| Comment(0) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最近の母の様子

4月16日(日)
午前中からずっと荒れた庭の手入れ。

私が実家から離れて暮らしていた間に、庭は荒れほうだいになりました。
私も気になりつつも何もやらなかったし、母も痴呆が始まる前は自分なりに手入れを
していましたが、痴呆が始まってからは手入れをすることがなくなったからです。
去年9月に私が実家に戻ってからは、すぐ秋・冬になったので気に留めなかったのですが
さすがに「春」になってきてからは植物の生長が気になるようになり、やっと私も動き出しました。
引っ越してくる前に、伸びきってる草はかなり刈りました。
草が生い茂ってることで、カラスや野良猫が集まっていたようです。
このことは後日、お隣さんから聞きました。
このお隣さんからは、境界線にある木の枝のことについても「こちらに出てる枝は切って
いいかしら」とそれとなく、言われてました。

この日にやろうと思ってたのは、のびきって大木化した「あおき」の枝を切ること。
だいぶ切ったつもりですが、切った後の枝の後始末が全部出来ないままでした。
でも地域の回収用のゴミ袋に10個分詰め込みましたよ。
そんなことを2時半頃まで続けて、急いで支度して母のいるグループホームさんへ。

家から、母が入居してるグループホームさんへは電車で乗り換えて約1時間。
母用の紙おむつと尿とりパッとを持って行きました。別にコレは私が持って行かなくても
入居してるグループホームさんで用意してもらえるのですが、私は母に会いに行く
たびに持っていくようにしています。

できれば、ホーム長さんがいるときに行きたいなと思ってますが、この土日はお休み
とのこと。
他ではどうだか知りませんが、このグループホームさんでは母の日々の様子を
ヘルパーさんが細かく記録してくれたもの、近所の内科の医師が2週に一度は往診
してくれてるので処方薬の記録等を、まとめてくれてるものがあります。
ホーム長さんには事前にお電話して、私が行ったときそれを見せてもらえるよう
お話しをしておきました。
私が母と会っていないときの母のことを、把握しておかないと・・・。

母と2週間ぶりの対面。
母ははじめ私の顔を見ても「あれぇ・・・?」と、言うような顔をしてましたが私が「あたしの
名前覚えてる?」というとやっと「みどり!」と言ってくれました。
やれやれよかった(^_^;

皆さんもいてくつろいでいる、リビングで帳面(バインダー)を見せてもらい、これまでに
処方された薬を書き写す。
母にはそばにいてもらいましたが、ちょっと落ち着きがない様子。
しかし、こうやって久しぶりに会うのになにを話してよいやらわからない。
朝やお昼に何を食べたのかも覚えてないし。

しばらくすると母、私を見ながら「今おしっこでてるからね」と言う。
おいおいー。すぐトイレに連れて行くが、もうしちゃった後。出る前に言ってほしいが・・・。
大人用の紙おむつをはき、さらに尿とりパットをあてているので、パットを取り替える
だけでOK。
ヘルパーさんいわく「あまえて言ってるんですよ」と笑って言ってる。
母はいつもこういう感じらしい。

来てから約1時間後、必要なことはとりあえず書き写し終了。
そろそろ午後6時になり、こちらの夕飯時刻になるので母とヘルパーさんのお見送りで
私は退散しました。


ところでバインダーにはラップでくるんだ黒い物がセロテープで、貼り付けられてました。
ヘルパーさんが教えてくれて、なんとこれ母の耳垢なんですと。
大きさはカボチャの種を少し細くしたくらい。
耳鼻科へいって、耳にオイル?を入れて固まっていた耳垢を取り出したのだそうだ。
これは片方のみ、もう一方は母がいやがったので、後日とのこと。
母が耳が遠くなった、と思ってたけどたまりすぎた耳垢のせいだったらしい。

母は耳鼻科、歯科の通院が必要ですが、これは本来家族が連れて行かねばならない
ことらしい。しかし、フルタイムの会社員してる私が出来るわけない。
ホーム長さんとお話しをして、ヘルパーさんに連れて行ってもらうことにしました。
そのかわり「付添料」が1時間につき1000円で計算して、請求されます。
なにかとお金がかかります。
posted by みどり at 04:20| Comment(2) | グループホーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

初めて「成年後見制度」の話を聞いた日

成年後見の話を聞いたのは、母が取引をしてる銀行の方からでした。
母がグループホームさんに入居したのが2005年12月。
12月30日に母が定期預金をしていた地元の銀行へ行き、すっかり母の痴呆が進んで
しまったため今後どうするかの相談をしに行きました。
母名義の定期預金は、本人以外は解約することは出来ないとのこと。
現在ある定期預金は、自動継続の手続きをしました。これは私でもOKとのこと。
この時、銀行の方から初めて「成年後見の手続きをとられてはどうでしょうか」との話を
されました。
「成年後見」なんて初めて聞く言葉ですが法律上、正式に私が母の代理人になる
と言うことだそうでした。

とにかく私は、それまでのほほんと生きてきたので法律の事なんてなにも知らずに
来てしまいました。

このころ少しは勉強せねばと、書店へ行き解りやすそうな本を購入しました。
買ったのは以下の3冊です。

一橋出版発行「介護保険法の解説」「民法の解説・家族法」「民法の解説・親族法」

posted by みどり at 03:01| Comment(0) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現在までの経過説明 その1

現在までの経過説明 その1( 〜2005年10月頃迄)

このブログを書き出すに当たって、知らない方が見に来てくださると思うので
母のことと私の自己紹介をしておきます。

母、大正15年8月生。現在80歳。
私、昭和33年9月生。現在47歳。きょうだい無し。
父は30年前に54歳で他界。

なので私とは母の二人暮らし。
しかし、私が30代になってからは母とのケンカが絶えず、私は家を出てアパートで
一人暮らしをはじめました。
と、いっても実家からは徒歩約20分しかはなれていないところで。

私も昼間はフルタイムで会社勤めをしてるので土日には実家に行き、一緒に夕食をとる
・・・・という生活を十数年してました。
3年ほど前からは、さすがに高齢となった母が心配でほぼ毎日夜は実家へ行き
一緒に夕食をとっていました。
毎日のように、母からは実家に戻ってこいと言われていました。
母はその頃は元気で毎日、遠方まで買い物で出歩いていました。

☆2004年の1月頃。
母のことが、おかしいな?と思うようになったのはこの頃から。
夕飯はいつも母が私が帰る時間を見計らって、支度をしてくれてたのですが
この頃から「おかず、何を作ったらいいのかわからないよ」と、言うようになったのです。
思えばこれが母の痴呆の始まりだったのです。
相変わらず母からは戻ってこいと言われましたが、何しろ私もアパートの荷物が多く
なってましたし、母も整理整頓が出来ない人なので実家も山のような荷物だらけ。
双方の片づけが出来ない限り、引っ越しは不可能と思ってたので躊躇してました。

☆2004年夏頃。
それまでは実家とアパートが近いこともあり、私の留守中にちょくちょく母はアパートに
来ては買ってきた物(主に食べ物)を置いていってくれてました。
もちろん来るのは私のいない昼間。
ところが或る夏の日、朝の5時半頃にアパートに来たのです。
完全に夕方と勘違いして。

この頃になると、郵便受けにある郵便物を、部屋の中に入れるつもりで取り出すものの
変なところに置いてしまうので郵便物が行方不明になること多発。
つい私も怒って「こっちにはもうこなくていいよ」と言ってしまうと、寂しそうに「わかったよ」
と言いました。そして、そのとうりアパートには来なくなりました。
もちろん私はそれまでどおり、仕事帰りには実家へ寄っていました。

☆2005年頭。
私が夜、実家へほぼ毎日寄って一緒に夕飯を食べる生活は続いていました。
私は映画・演劇を見るのが好きなので平日夜見にくことが多いのですが、どんなに
遅くなっても実家には寄るようにしていました。

夜は母はご飯を炊き、おかずは私が作るようになっていました。
戻ってこいと言い続けた母は、ある日ぽつりと「荷物の片づけが大変だから
戻ってこなくていいよ」とあっさりいいました。
その時は私、内心ホッとしたのですが少しするとコレはほんとにそろそろ戻らねば
いけない・・・と思うようになりました。
母、どうもこの頃から失禁が多くなってきたようです。

☆2005年、春。
母の様子、ますますおかしい。
私の帰りが遅いと、家の外の道路に出て待っているのですがその姿がエプロンを
してるのに下が下着のパンツだけなのです。スカートもズボンもはかず。
本人に問いただすと、どうもエプロンしていて自分では見ていないのでいいつもりに
なっているようすなのです。
失禁も多いようす。パンツをすぐ濡らしては履き替えてるようで風呂場にまだ洗って
いないパンツがそれこそ山になっているのに気が付きました。
しかし、母との会話は普通に出来ていました。
気になる母の昼間の食事ですが、自分でご飯は炊けるし、すぐ近所のスーパーマーケット
に食べる物を買いに行けるのでこの時点では私はあまり心配をしてませんでした。

母は家の中の片づけをしようとしないので、私がようやく片づけをするようになりました。
なにしろ母は山のようにいろいろな物を買い込んでいて、どの部屋も荷物だらけ。
引っ越してきたくても、私の荷物を入れる隙間がまるでなくなっていたのです。


☆2005年6,7月頃。
夜遅くなるから、と実家へ電話を入れてからって実家に行くと鍵かかかって入れない。
どこかに行ってしまったか?電話したのに。
部屋の明かりはついてるので、いるらしい。
耳が遠くなってきたようなので呼んでも聞こえないらしい。
別の部屋の窓の鍵が開いていたので、そこから入ると母一人でスーパーで買ってきた
お弁当を食べていました。私が電話したことも、遅くなるけど寄ることも忘れて。
この姿を見たときはほんとにゾッとしました。
これは急いで実家にもどらなければいけない!
やっと心底、そう思いました。


☆2005年8月。
いよいよアパートを出て実家に戻るつもりでしたが、荷物の整理ができず
引っ越しは一ヶ月延ばすことにしました。

☆2005年9月。
やっと実家に戻りました。
入るだろうと思った私の荷物は実家に入りきらず、近所のレンタルスペース(約2畳の
広さ)を借りることにして、はみ出した荷物はそちらに置くことにしました。
夕飯、母はそれまでご飯は炊いてくれていました。
実家では炊飯器が無く、お釜でたいていたのですがこの頃から母はご飯を炊くことが
出来なくなりました。

この頃の母の食事。
朝は私と朝食。
昼はスーパーでおにぎりやパンを買って食る。
夜は私が帰ってから、私が支度をして一緒に。
しかし私の帰りが遅いので食事はいつも夜10時過ぎでした。

母には大人用のパンツタイプのオムツをはいてもらうことにしました。
下着のようにはけるので、母も素直にはいてくれました。


2005年9月末か10月頭頃。
仕事を終え、帰宅して母から「お宅どなた?」と言われてゾッとしました。
いきなり帰るのはまずいのだろうか。
帰宅する前に、最寄りの駅から「これから帰るからね」と電話を入れることにしました。
30分ほどして家に帰ると母曰く「さっき電話くれたのお宅?」
どうやら、私のことを自分の娘である、という認識が無くなったらしい。
私のことは、自分の面倒を見てくれてる同居人というふうに思ってる様子でした。

posted by みどり at 02:56| Comment(0) | 自己紹介をかねての経過説明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

はじめに

映画・演劇・美術展を見るのが大好きで感想をブログに書いていましたが
すっかり痴呆の進んでしまった母のこと、私のことについても詳しく
記録しておきたくなりました。
他の方のご参考になれば、私もうれしいです。

しかし内容は今までのブログとはあまりにも異質。
別のこのブログを立ち上げることにしました。

後日このブログを立ち上げるまでの母と私の経過説明も、書いていきたいと
おもいます。
posted by みどり at 12:21| Comment(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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