2006年06月28日

後見開始の審判申し立ての書類提出

6月26日(月) ようやく千葉家庭裁判所松戸支所へ行ってきました。
職場は午前中、休みを取り、成年後見のための「後見開始」の審判申し立ての
書類を提出してきました。

9時始まりだろうと思って、9時少し前に家庭裁判所に着くと受付の部屋の前には
すでに一人待っている。
銀行のように、小さな機械から整理番号の件を取ってから部屋の前で待つのです。

9時5分に私の番になり、係の方が書類がそろっているかどうかのチェック。
不備はないだろうと思っていたのに、なんと!医師の診断書を忘れるという
おおボケをやってしまいました(^_^;

診断書は書いていただくのに2千円もしたので、なくしたら大変と思ってつい別の
封筒に入れていたのがまずかった。
いったん取りに戻って出直そうかと思いましたが、後で郵送でもいいとのこと。
そうさせてもらうことにしました。
郵送の際は「この用紙の下を切って同封してください」と、スーパーのレシート
位の大きさの紙を渡されました。
「事件名 後見開始」と書かれ、担当者の方の名前と足りなかった種類の名前が
かかれていました。
家庭裁判所で扱う出来事は「事件」という表記になるようです。

これ以外は問題なしとのことで、書類は無事受理されました(^^)
呼ばれてから、ここまで約15分。
思ったよりずっと簡単に済みました。よかったよかった。
後は、家庭裁判所からの連絡を待つことになります。

帰り道、坂道を下ってたら雨降りで道路がぬれていたせいで滑って転びそうに
なったら、片方の靴のかかとがはがれてしまいました。
早く済んだしそんなこともあり、いったん家に戻りました。
土日はグループホームに入居中に母のところへ行ってなかったので、急いで
行ってみることにしました。
11時頃着。

母は私の顔を見ると「誰?誰?」
記憶に覚えがあるけど、すぐには思い出せない様子です。
ようやく「みどり!ひとり娘のみどり!」と言ってくれたのでホッと一安心です(^_^;
そういえば母の声、この前行ったときはカエルをつぶしたような変な声だったのが、
この日は以前からの少し高い声に戻っていました。

ホーム長さんに家庭裁判所に行ってきたことを報告。
母に「これから会社へ行くからね」というと「○○だよね」と、ちゃんと職場の名前を
覚えてくれています。
前日、叔父(母の弟)のところへ行ったことを話しましたがきょうだいがいることは
全く記憶から消えているようです。
撮ってきた叔父の写真を見せても「知らない。こんなじじい気持ち悪い」でした(^◇^;)
叔父は母とはふたつ違いです。

この日は20分ほどおじゃまして、急いで職場へ向かいました。
posted by みどり at 05:08| Comment(0) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

後見開始の審判申し立ての書類完成


毎月第2,第4の土曜日は日本画教室に行っています。
月に2回だけなのでなるべく休みたくないのですが、6月24日(土)は休んでしまい
ました。
そのかわり、ようやく後見開始の審判申し立てに必要な書類が完成しました。
成年後見のことを知ってから半年かかってしまいました。

できあがって、整理してみると何でこんなに時間がかかったんだろうと思いますが
普段は仕事から帰ってからでは、疲れてできない。
土日の休みは、母のいるグループホームへいったり、どんどん成長してしまう
植物の手入れを優先してしまうので時間がとれないのですから仕方ありません。
昼間職場で仕事していると、この時間を自分のために使えたらいいのにと
何度思ったことか!

6月14日は書類作成を完成させようと、有給休暇を取ったのですがとても
完成しませんでした。
書く、コピーをとる。意外と時間がかかるものです。
まあ、一日中こんなことをしているのはイヤなので夜は映画を観に行きましたが。

親族の同意書もできればあった方がいいとのこと。
なくてもいいけど、親戚に知らせてあるかどうか、意向はどうなのかも書類に
かいて提出するようになっています。
今日はこれから叔父さん(母の弟)のうちに行くつもりです。
電話では、何度かお話をしているけれどもう何年もお会いしてないので
いい機会ですから。
母は6人きょうだいの三番目。一番上の兄は戦争で亡くなっていています。
今回母のきょうだいで今回の後見開始について知らせたのは、この叔父さん
にだけです。


完成した書類は、明日月曜日に千葉家庭裁判所松戸支所に直接持って行く
つもりです。職場は午前中、休みを取りました。
郵送でも受付はしてくれますが、直接持って行って見てもらった方が不備があった
場合、すぐ対応できるのでこの方がいいでしょう、きっと。

完成した書類の明細を書いておきます。

○後見開始申立書 2枚
○申立書附票 3枚
○後見人等候補者(私)身上書 1枚
○本人(母)の財産目録 2枚
○母名義の銀行の通帳の全ページコピー、郵便局の定額預金の証書のコピー。
○本人の収支予定表 1枚
○上記に関係する医療機関、グループホー等に払った費用の領収書のコピー。
○申立人(私)の戸籍謄本 1通
○本人(母)の戸籍謄本 1通
○本人の戸籍の附票の写し 1通
○本人の診断書(医師に書いてもらった物) 1通
○精神鑑定についての(医師にといあわせた)照会書 1枚
○本人の登記されていないことの証明書(東京法務局で出してもうもの) 1枚
○後見人等候補者(私)の戸籍謄本 1通
○後見人等候補者の住民票の写し 1通
○後見人等候補者の身分証明書(市役所で発行してもらう物) 1通 
○後見人等候補者の登記されていないことの証明書 1通

これ以外に、登記印紙・収入印紙・郵便切手も用意しています。

登記印紙 4000円分
収入印紙 800円分

郵便切手
500円 4枚
200円 4枚
100円 1枚
80円 8枚
20円 6枚
10円 10枚

今後のために全てコピーを取って、保管することにしました。
コピー取るだけで30分以上かかりました。

明日は問題なく済むといいのですが。


posted by みどり at 10:00| Comment(2) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

介護保険 立ち会い調査終了



介護保険の更新のこと、その後のこと書きそびれていました。
書類を書いて市役所の介護支援課に郵送。立ち会い調査があるらしいし、私初めて
なので、何がどうなるのかわからなかったのですが、母の入居しているグループ
ホームの方にはもちろんお話をしておきました。
介護支援職員もいるので、こちら(グループホーム)で立ち会い調査などの手続きも
できるとのことでした。
介護支援課よりその後、一度職場の私宛に電話があり母がグループホームに入居
していることについて伝えました。

グループホームに問い合わせると、立ち会い調査も先日終了したとのこと。
特に問題なく済みホッとしました。

そうそう市役所の保険課より、母の医療費についてお知らせがありました。
医療費の一部負担金が、限度額を超えて支払いをしているので高額医療費に該当
するので同封された「高額医療費支給申請書」に必要事項を記入の上、提出するようにとのこと。
つまりお金が少し戻ってくると言うことです。

銀行への振り込みもして、申請書は郵送でもOKとのこと。
手続きしなければ。
posted by みどり at 06:59| Comment(0) | 介護保険 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月14日

母に夏用パジャマを

母に夏用パジャマを

6月11日(日)の午前中に母のいるグループホームへ行きました。
夏用の薄手の半袖パジャマ2着分と、タオルを持って行きました。
パジャマはたぶん以前から母が着ていたと思われる物と、母が買い込んでしまって
あったオレンジ色の地に白い花模様の派手な新品を持って行きました。
ひょっとすると、私用に買ってくれた物だったのかも。
母が自分用に買ったとはとても思えない品物でしたから。
年寄りだからって、くすんだ色を身につけることはない、母には明るい色の物を着て
ほしいと思います。

ついでに母がたぶん惚け始めた頃から、買い込んでたまっていたタオルも10数枚
持って行くことにしました。
これはグループホームさんの方で自由に使ってもらいたいためです。
母はお店で安売りをしているのを見ると、ついつい買い込んでいたようです。
私が実家に戻る前後、家の中を整理するとそうやって買い込んだタオルや下着が
山のようにあるのでびっくりしました。

グループホームへ行くと、母は私を見ると「あれ・・・」と言ってちょっと黙る。
記憶の底から何かを思い出そうとするようです。
私も、一緒にいたホーム長さんも母が何というか先走りせず待つこと少し。
「みどり!一人娘のみどり!」と言ってくれました(^^)
先週来たときは「妹のみどり」になってましたが、よかったよかった。

私のことを「妹」や「娘」と言わない分、やはりこの日の母は先週より頭の中が
落ち着いているようです。

私「朝何食べたの?」 母「忘れた。あたしもう80歳(これはその通りです)」
私「誕生日覚えてる?」 母「8月2日(これもその通り)」
私「今年の8月になったら81になるんだよ」 母「ふーん、そっ」
と、何とか会話になりました。

それにしても最近の母は、声が変。
以前は少し甲高い声を出していたのに、今はまるで押しつぶしたようなカエル声。
舌のせいなんだろうか・・・。

11時少し前に帰ることにしました。
「見送りする」と母が言ってくれたので、グループホームの玄関まで来てくれました。


さて、この日の私。
そのまま渋谷のシアターコクーンへ。
大竹しのぶ主演の「ヴァージニア・ウルフなんか怖くない」を見るためです。
ただし立ち見。深刻な内容の芝居で、立ち見約3時間はきつかった。
帰宅すると6時過ぎてましたが、まだ外が明るいので気になっていた庭の木の枝を
切りました。いぬつげとつつじの手入れ。
なまじ庭があると手入れには手間暇がかかります。
植物の生長は待ってくれないので、早めに切らねばならないからです。
それから洗濯。8時過ぎ、やっと食事。
この日は食べる時間がなくて昼食抜きになっていました。

その後、受講してる放送大学の、録画しておいた放送授業を三課分視聴してその後
はいつの間にか眠ってしまい、気がついたら朝になっていました。

最近この「いつの間にか寝てしまい、気がついたら朝になってる」というパターンが
非常に多い生活になっています。
ゆっくり休むことができない、損な性格です。
我ながらタフだなと思いますが、そのうちバッタリいきませんように・・・。
posted by みどり at 02:50| Comment(2) | グループホーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現在までの経過説明 その3


現在までの経過説明 その3(2005年10月頃迄〜)

書きそびれていたことです。

2005年9月に実家に戻ってから、母の様子があまりのもおかしいので病院へも
行きました。
認知症なら、今ならいい薬もあるから病院へ行った方がいい、と聞いたので一度
母を連れて病院へ行くことにしました。10月に入ってからだと思います。
母は以前から高血圧で、近所の病院に通院していたはず。
ですが、その病院は私は嫌いだったので、その時は行くのは避けました。
嫌いな訳は、30年前父がこの病院で亡くなっているからです。
しかも見たて間違いで。
肝炎治療で通院していたのに、肝臓ガン(しかも末期)に進行していたのを、この病院
の医師は見落としていたのです。

そんなわけで、地元では大きなもう一件の総合病院へ行ってみることにしました。
しかし受付で聞いてみると、その病院では認知症の専門的な治療はしてないとのこと。
がっかりしましたが、とりあえず見ていただくことにしました。

診察してくれたのは、医師になりたてのような若い男性医師。
「認知症は治らない」と笑い顔で言うのが腹が立つ。
じっと我慢して「今は認知症にきく薬もあると聞いたのですが・・・」と、言うと「そう言われてる薬はあるから出すけど、きくとは思えないけど」と、これまた笑い顔で言う。
はっきり言ってひっぱたいてやりたくなりました。
診察と言っても、医師は私と話をしただけで母のことは何一つ診察しないままで
出してくれた飲み薬の名前は、商品名「アリセプト」。

この病院はだめだ、と病院内の公衆電話のところにおいてある電話帳を調べると
母が以前から行ってるはずの総合病院には「老人科」があると書いてある。
老人科というのが、どういうことを見てくれる科なのかわかりませんでしたが、その場
で電話をして母の症状のことなどを話すと「検査をしてから判断しましょう」とのこと。
その言葉に安心を感じて、すぐにその病院へ行くことにしました。

その病院へ行って診察の順番を待ってると、看護婦さんが「しばらく来なかったねぇ」
と、母に声をかけてくれました。
高血圧のことで通院しているとばかり思っていたのに、母はもう一年近く病院へ行って
なかったことが判明しました。
つまりその頃から、すっかり惚けていたと言うことですね。

診察に当たってくれたのは、以前から母を見てくれていた医師らしい。
認知症のこと、それに対する薬のことなど詳しく説明してくれました。
出してくれたのは最初に行った病院と同じ「アリセプト」でしたが、きちんと説明して
くれるのがうれしい。
薬の成分も最初は、成分の半分のモノを飲んで体を慣らしてから通常の量の
成分の薬にしていくとの説明もしてくれました。
効くとは限らないけど、うまくいば認知症の進み方を遅らせることができるらしい。
薬と行っても認知症が治るわけではないのです。
そんな薬もない。遅かれ早かれ認知症は進でしまうのです。
進行が遅れるならそれにこしたことはありません。

その医師から「認知症が進むとかなり(周囲の者にとって)きびしいですよ」と言われ
ましたが、最初の病院の医師の言葉よりよほどこちらのことを考えて言ってくれた
言葉に聞こえました。



posted by みどり at 01:59| Comment(0) | 自己紹介をかねての経過説明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月06日

私は母の妹?



市役所に頼んだ、書類もそろいました。
無人の夜間ボックスで必要事項記入して、手数料と返信用の切手を貼った封筒を
入れてボックスに投函。これで頼んだのは「住民票の写し」と「戸籍謄本」
夜間ボックスで頼めない母の「戸籍の附票」と私の「身分証明書」は市役所のHP
からダウンロードして印刷した所定の用紙に必要事項を記入して、手数料分の
無記名の定額小為替(郵便局で購入)と、切手を貼った返信用の封筒を同封して
郵送。
今回は夜間ボックスと、郵送のふたつの手段をとりましたが全て郵送でも頼める
のです。
先週頭に頼んで、全て週末までに届きました。お役所の仕事は早いです。

6月4日(日)午後、2週間ぶりにグループホームにいる母のところへ行ってきました。
この日は夏用の靴下と、紙おむつ、尿取りパットも持って行きました。
母と久しぶりの対面。さて、母は私を見て何というか?
私の顔を見て、少し考えてる様子。
そして出てきた言葉は「妹のみどり!」でした。え?妹かい私は?
少し話してるうちに「娘のみどり」になりましたが、母の頭の中では「妹」と「娘」が
同義語になってしまってるらしい。

ちなみに母は六人きょうだいの三番目。
一番上は兄(戦争で死亡)、姉、母、妹、妹、弟という構成です。

母と話をしてるとあえてうれしいのか母は「泣けちゃうよ」と泣きそうになる。
母は昼に何食べたかも覚えていないけど、自分の誕生日と自分の年はちゃんと
言えています。
母は「どうやってきたの」「どうやって帰るの」「誰と会うの」「もう帰った方がいいよ」
と言うことを何度も繰り返すだけなので、ほとんど会話にならない。
何を話していいやら困ってしまうくらいです。

帰りにグループホームの近くのお宅で、塀の脇のプランターにきれいな花が
咲いていたのでちょっと見ていたら、そのお宅のおばあちゃんが通りかかって
「あげますよ」と言ってくれました。
その場で一本引っこ抜いて「根がついてるから植えればつきますから」とやることが
早い。「ちょっと待ってて」と敷地内の作業場みたいなところへ入っていった。

花を新聞紙でくるんで、さらに大きなトマトを二個くれました。
おばあちゃんちは代々農家で、今トマトを作ってるとのこと。
おばあちゃんは今80歳。私の母と同じだけど、話し方はしっかりしてる。
生まれる前にお父さんが亡くなり、お母さんは2歳の時に子供(おばあちゃん)を
おいて再婚したので、おばあさんに育てられたんだとか。
おばあちゃんの旦那さんは今老人ホームにいるそうです。
家は三世帯が入っているので今は11人家族と、いろいろお話をしてくれました。
私「いいですねえ、私うちに帰っても一人なんですよ」
おばあちゃん「人生長いですからね」

人生一期一会。こんな会話も楽しい。
花は帰ってからすぐに植えて、トマトは早速サラダにしていただきました。
posted by みどり at 06:28| Comment(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現在までの経過説明 その2 

現在までの経過説明 その2 (2005年10月頃迄〜)

2005年10月頃から、母は自分の娘(私)のことがわからなくなっていました。

この頃の私と母の一日

朝、6時頃起きて朝御飯の支度。母と一緒のご飯代わりのうどんを食べる。
「わーすごい」と喜んで食べてくれる母。
食べ終わって私は職場へ向かう。昼間の母がとても心配だけど、この頃母は自分で
すぐそばのスーパーへ買い物はできていました。
昼ご飯用のおにぎりやパンは、買いに行くことはできるので、それくらいはやって
もらっていいだろうと思って私は、昼食を用意することはしませんでした。

しかしどうもガスを使ってお湯を沸かす、ということができなくなっていたようなので
電気湯沸かしポットを買いました。
でも何度母に使い方を説明しても、覚えてもらえない。
結局使ってもらえない。
せっかく熱いお湯がすぐ使えるのに、何にもならないのがもったいない。

夜は、私が9時頃に仕事から帰ってから食事の支度。
以前から映画や演劇が好きだったので、どうしても観に行きたいときは行ってました
ので、その場合は10時過ぎに帰宅でした。
支度をしていると母は「なんか手伝うから言って」とそばにやってくる。
狭い台所で2人いると動きがとれないので、はじめは「何にもしなくていいから向こうで
まってて」と、追い返すようにしてましたが、何かしようという意欲をつぶしてはいけ
ないだろうと気がつき、茶碗や箸をもっていってもらうことにしました。
夜の食事がとれるのはたいてい10時頃。

食事が終わり、後片付けしながらお風呂を沸かす。母には部屋をほうきで掃除して
もらう。そうするともうお風呂が沸くので、入ってもらう。
この頃は母は自分でお風呂に入れましたが、自分で髪を洗うことができないので
だったので、私が洗ってあげる。
布団を敷いてあげて、横になるとすぐ眠ってしまう様子。
この後で私がお風呂に入って、やれやれと一日の仕事が終わるのが12時過ぎ。

毎日こんな状態で、「こんなヒマのない生活いったいいつまで続くんだろう・・・」と
思っていました。
母は、食事やお風呂の支度してあげると「ありがと」と言ってくれて、おとなしくて
素直でし、トイレも自分で行ってくれる。この点では楽でした。

事情が急展開したのは12月に入ってからです。
このことはまた、後ほどに。
posted by みどり at 06:26| Comment(0) | 自己紹介をかねての経過説明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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