2006年11月28日

落ち着かない日々


11月25日(土)の私の行動

午前中、日本画教室へ。一ヶ月休んでしまったので行きづらかったのですが行って
来ました。
今描こうとしてるのは東京・根津神社内の風景。
いつまでたっても下図ができあがらない。

午後、グループホームにいる母の所へ。
11月の手術の結果が良くなかったことと、年末年始は自宅へ戻って・・・なんて
話が出ていて、これから先のことが何一つ解決できていないので落ちつきません。
午後4時過ぎに着くと、母はもうお風呂に入れてもらった後らしくパジャマ姿に
なっていました。
母の顔を見たらとたんに涙が出てしまいました。
私を見るといつものように甲高い声で「一人娘のみどり!どっから来た」と言います。
すると、いつも同じおばあちゃんが「大きな声で恥ずかしいわねえ」と言います(^_^;

お腹の手術跡を見せてもらうと、結構きれいになっていました。
紙おむつ、尿取りパット、家にあったカーディガンを持ってきたので、グループホーム
に持ってきていた古ぼけたカーディガンは持って帰ることにしました。

30日に病院へ行って医師と12月手術について話をしてきます。
2日の土曜日はグループホームのホーム長さん達と、入居者の家族との話し合い
「家族会」があります。
この二つが済まないと落ちつきません。

この日はこの後、サントリーホールの東京都交響楽団の演奏会へ。
ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番ト長調」とR.シュトラウス「アルプス交響曲」を
聞きに。

posted by みどり at 03:12| Comment(2) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月22日

年末年始は自宅でといわれても

母が退院するときに、グループホームの看護士Fさんよりちょっと気になることを聞きました。
年末年始は入居している人達はいったん自宅に帰って過ごしてもらうようになると言う
のです。手っ取り早く言うと、スタッフにまとまった休みを取らせるためらしい。
けど、ちょっと待ってくださいよ。
自宅では面倒みられないからグループホームに母をお願いしたんじゃありませんか。
もちろん、入居時の契約の書類にかかれていた事項でもありません。
それに去年から今年頭にかけての年末年始は、母を預かってもらえてたので今年も
同じだろうと思い込んでいたのです。

正式な通知が何もないので、後日ホーム長さんに電話して単刀直入に「Fさんから
聞いたのですが、もう決定事項ですか?」と、うかがうと「たまにはご自宅で過ごして
いただこうと思いまして」とのこと。

しかし、それでは私も困る。
今の母は、留守番なんてできないし一人でトイレも行かれない。
家には私しかいないから、母がいる間外出することも一切できないことになります。

そのことをホーム長さんに伝えると「12月2日(土)に家族会を開きますからその時
調整しましょう」と曖昧な返事で終わってしまいました。

この後で私も考えて、とんでもないことにハタと気がつきました。
今この家は、認知症が進んでる現在の母は受入不可能だと言うことに。
母がグループホームに入居してまもなく1年になります。
足が悪くなってきたのでグループホームではベッド。でも家にはありません。
もう一つ困ったのはトイレ。
家のトイレは和式ですが、現在の母はしゃがむことができないから洋式でないと用が
足せないのです。
風呂場も家の風呂桶は床からの高さがけっこうあり、今の母にはまたいで入るのは
できないはず。


私だけでなく、他の家族の方もそれぞれ家の事情があってグループホームに大事な
親をお願いしたわけで、年末年始だからと帰ってくださいといわれでも困るのは
うちだけではないと思うのですが・・・・。

自分の親が過ごせない家だなんて情けないけれど、これから年末に向けて悩みがつ
きません。
posted by みどり at 03:09| Comment(0) | グループホーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

母の頭部CT、MRIの結果

母が8月と9月に、国立国府台病院で受けた検査結果がようやくグループホームで
診ていただいている医師の元へ来ました。
先週木曜日にグループホームへ行ったとき、見せていただきました。

8月31日に受けた「頭部単純CT」のレポート
「左被殻に小低吸収域があり、ラクナ梗塞疑われます。
大脳深部白質に境界不明瞭な淡い低吸収域があり、虚血性変化と考えられます」
とのこと。
ラクナ梗塞?
脳の深部の細い血管が詰まることで起こること・・・らしい。
「ラクナ」というのは「水たまり」の意味があるそうです。
こちらの東海大学八王子病院のサイトにわかりやすい解説が載っていました。

9月15日に受けた「頭部単純MRI」のレポート
「橋、両側基底核、視床、大脳深部白質に、TI強調像で低信号、T2強調像及び
FLAIR画像で高信号域があり、多発性梗塞と考えられます。
両側海馬の萎縮は高度です。両側側脳室の軽度拡張があります」とのこと。

海馬の萎縮が高度という意味は私でも分かります。
海馬と言ったら人間の記憶を司る部分で、ここが高度に萎縮していると言うことは、
言われたことも自分で言ったこともすぐに忘れる、と言うことではないですか。
記憶障害。


専門的なことは分からないけれど、今の母の状態が薬や、生活環境で良くなる
とはとても思えない状態である、と言うことはよく分かりました。
私が見せもらった脳の断面図は、不鮮明なコピーですがなんだか気のせいか
ボロボロになってるように見え、悲しいの通り越して言葉もでませんでした。
ショックと言うのではなく、これじゃどうしようもないね・・・と、あきらめの境地と
いうのかそんな気分になりました。
posted by みどり at 03:29| Comment(2) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

12月に手術の予定&ボージョレーヌーヴォ


心配してくださってる方もいると思いますが、ご報告が遅くなってすみません。

11月16日(木)に母をS病院へ連れて行っています。
11月2日に直腸脱の為の手術を受けましたが、抜糸のためです。
抜糸・・・と書きましたが、正確には糸ではなくてホチキスのような金具のようなものが
付いていますので、これを外してもらうのです。

せっかく手術を受けたのに、術後また肛門から腸が出てきてしまっています。
それも以前より、出方が少ないならまだ分かるのですが以前と同じくらいなのです。
グループホームの看護師Fさんからも、腸が出てしまうだけでなく、便がすぐ出てし
まったり、出血があったりでこのままにしておいては頻繁に出る腸の部分の壊死も
おこしかねないと言われていたので、主治医に手術の相談をしました。

今回の手術は、腸の一部を引き上げて背骨側に固定するというもので、体にも
負担も少ないものだったそうです。
今回、また腸が出てしまったことについて医師から意見がないのが気になりました。
素人考えでは「失敗」という言葉が頭に浮かぶのですが、体の中の見えない部分
なので何とも言えません。
手術前に、まれに固定した部分が外れることがある、と言うことを言われてましたが
もしかしてこれなのか?という気もします。

とりあえずは、次回の手術の相談。
今回のやり方でうまくいかなかったので、次回は腸をネットのような物でくるんで
上に引き上げる、というやり方になるそうです。
この前は腰椎麻酔でしたが、次回は全身麻酔になるそうです。

12月か1月に手術しましょうか、と先生がおっしゃるので母の体の精神的負担が
今回大きかったようなので1月にと、お願いしました。
しかし、グループホームに戻ってFさんに報告すると、今の体の状態では手術は
早いほうがよいと言われてしまいました。
まあ、確かにそうで・・・・。

病院へ電話を入れて相談すると、ならば日程の相談と全身麻酔のための検査を一緒
に行うために12月4日の午後2時に来てください、と言うことになりました。

これでとりあえず一段落か・・・・と、思ったのに帰宅すると病院から留守電が入って
いました。
手術のことで明日電話をしてくださいとのこと。
うーん、なんだろう・・・内容が分からないのが不安ですが、病院帰りに駅構内で
ボージョレーヌーヴォを販売してるのを見てつい購入したものを飲んで一息入れる
ことにしました。
フランスで今年作ったばかりのワインで、「ローランミケール ヌーヴォ2006白」
お値段も1500円とお手頃だったので初めて買ってみました。もっと高い物かと思っていました。ソムリエナイフ(コルク抜き)とワイングラスを一個おまけしてくれまいた。
私はアルコールがとっても弱いので、じつはもう少し強くなりたいと思っています。
この日も200mlほどしか飲まなかったのに、私には多かったようです(^_^;
お味の方は、さっぱりしてフルーティ。普通の方には物足りないかも知れないけれど
アルコールに弱い私にはちょうどいいみたいです。
味にこくがないから本場フランスの人達はボージョレーヌーヴォなんてあまり飲まない
そうですね。

翌日17日に電話をすると、前回の検査で全身麻酔になるかも知れなかったので
必要な検査は済ませていたから、次回病院へ来るときは本人は連れてこないで
良いと言うことになりました。
たいしたことではないのでホッとしました。
11月30日の午前中に私だけ病院へ行って、先生と日程の相談をすることに
なりました。

おそらく手術は12月中旬になると思います。

前日買ったボージョレーヌーヴォ、この夜は150mlほどのんでみました。
これぐらいでも私にはちょっと多い感じです。(少し気持ち悪くなります)
次回(今宵)は100mlにしておこうと思います。


<おまけ>
二日続けて作ったサラダのレシピ、トマトかん入り、レタスサラダ。

ちぎったレタスにトマトジュースを寒天で固めた物を切って入れます。
上にポテトチップを砕いた物を散らして、お好みのドレッシングをかけて完成。
ベーコン、ウインナ、チーズ、かまぼこなどタンパク質系を入れればなお、おいしい。

料理の本に載っていたので、初めて作った「トマトかん」
トマトジュース小2本と粉末寒天一本4グラムを鍋に入れて煮溶かします。
後は容器に入れて冷やし固めるだけ、すぐ固まります。
これを切り分けて使います。
生トマトに負けない色とお味でした!
posted by みどり at 08:19| Comment(5) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

せっかくの手術ムダ?

手術が終わりやっと一安心と思っていたのですが、先ほどグループホームの看護師
のFさんより電話がありました。
昨日からまた肛門から腸が出てしまっているそうなのです。

せっかく時間をかけたのに・・・・。

今回の手術は腸を引き上げて背骨側に固定するというものでした。
これでダメとなると、腸を切ると言うもう少し大がかりな手術になると以前聞きました。
今回の手術を我慢すれば、母も私も後は楽できると思っていたのに残念です(x_x)(T.T)

今日は日曜だし、病院へは明日電話することにします。
posted by みどり at 09:45| Comment(3) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院記録<入院8日目・退院>



11月8日(水)<入院8日目・退院>
この日が最終日です。
母はめがさめてから牛乳を200CC飲みました。
朝食はまだ全粥で、朝は数匙。

手術後はお風呂は入っておらず、タオルで体を拭き、局部だけ洗ってもらうだけ
でしたが、今日はシャワー、明日からは湯船につかってOKとなりました。

10時頃に精算金額が分かって連絡が来るから病室で待っていてください、といわれ
たのですがなかなか来ない。
11時過ぎても来ないので、こちらからで向いて聴きに行くとようやく「今出ました」との
こと。

手術費や私の食費・寝具代など、すべて込みで98535円となりました。

会計を済ませて12時少し前にグループホームに到着。
グループホームでの母の食事は焼きそばでした。
おいしそうに食べている母は、無邪気な子供のように見えました。

私はいったん家に戻ってから、病院の事務所にお願いしておかせてもらった荷物を
取りに行って家に帰宅。
午後3時になっていました。

これでようやく長い入院生活が終わりました。

posted by みどり at 09:35| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院記録<入院7日目>


11月7日(火)<入院7日目>
朝、目が覚めてから母は牛乳とコーヒーを飲みました。
水分を取ってくれるのは安心します。この日になってようやくやめた牛乳でも
電子レンジが用意されているから温められるなと、やっと気がつきました。
家には電子レンジがないからこんな事にも気がつきません。

午前中、術後ずっと膀胱につながれていた管がようやく外されました。
体を拭いてもらい、今まで着ていたつなぎを脱いでパジャマに着替えました。
管が外されたし、起きてから水分は取っているから尿意もそのうち出てくるはず。
そうしたら歩かせるチャンスです。
案の定、11時頃「おしっこ」というので立たせると、やっと歩いてくれました。
歩いて病室の外のトイレまで往復。
術後初めて歩けたので、これで明日には自信を持って退院できるとようやく安心できました。
歩き方も、回数を重ねるごとにしっかり、早くなってきます。

朝・昼はお粥も数口しか食べなかったのですが、午後になってからトイレに何度も
歩いていくようになって運動量が増えたせいか、夕飯のお粥は完食しました。
食事も明日から常食になるからこれで何もかも一安心です。


母の食事
<朝>全粥、味噌汁、白身魚の団子、カリフラワーのゆかりあえ
<昼>全粥、ホワイトシチュー、わかめとキュウリの和え物、バナナ、ジョア
<夜>全粥、鯖の味噌煮、野菜炒め甘酢あん、大根の浅漬け


付き添い食メニュー
<朝>ご飯、味噌汁、インゲンの和え物、にんじんとわかめと厚揚げの煮物
<昼>ご飯、カレー、わかめとキュウリの酢の物、バナナ、ジョア
<夜>ご飯、鯖の味噌煮、野菜の甘酢あん、大根の浅漬け

夜の食事は、ようやく母も主食以外は常食と同じになりました。
posted by みどり at 09:32| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院記録<入院6日目>



11月6日(月)<入院6日目>
朝、
手術の傷は問題ないらしいが、本人は体を動かすと突っ張る感じがあるらしいし
食事をすると、お腹が痛いらしい。
未だに便が出ないのが心配。出れば腸の働きが活発になってきた証拠だからです。
それでも退院するのはいつでもOK、退院日はこちら次第と言うことになっています。

とはいっても、ろくに立てないのが心配。
この日から目標は立って歩くこと。午前中から、まずは立つ練習。

母、朝のおかゆは四分の一くらいしか食べませんでしたが、牛乳は全部飲んでくれました。
私がご飯を食べていると、食べたいらしいので一口あげる。
やはり本人にとっては堅いらしい。
昼の味噌汁も、実は食べないけれど汁は全部飲む。
母はおかゆですが、私はうどんなのでこれが食べたいらしいので、これも与えてみる
と3本ほど食べる。牛乳も一本飲む。

私自身は、職場への休暇届はとりあえず6日まででしたので職場へ電話を入れることにしました。
幸い直接の上司と話ができたので、水曜日には退院できそう、片付けのこともあるの
で木曜までは休ませてほしい旨を伝えました。
「(病院は)完全看護じゃないの?」と聞かれました。
前に職場の同僚にも同じ事を言われましたが、いくら完全看護であると言っても一人
の人間に24時間付きっきりではないこと、認知症の人間はすこしでも目を離すと
危ない、と言うことがあまりよく分かってもらえないようです。


午後、
母が寝ている間に斜め前のイトーヨーカ堂へ買い物。
母が水分は摂ってくれるようになったので牛乳、リンゴジュース、オレンジジュースを
買い込みました。ついでに私用にお菓子。

母休み休みだが牛乳を一本飲み終わる。
食べる量は少ないですが、食欲は出てきたらしい。
夕飯時も、母は5分かゆですがやはり私が食べているご飯が食べたいらしいので
すこしあげる。
夜、やっと便意が出てきたようで、しかしトイレにまでは行かれないので室内用の
ポータブル便器に座らせました。
ほんの少し、小指の先ほどぐらいですが便が出ました。
いい傾向です。

尿の管もまだ抜けていません。なので、つなぎも着たまま。
明日は脱げなくては。
午後は私が飲んでいたコーヒーも飲みたいというので飲ませると「おいしい」とのこと。
暖かいのでおいしいらしい。
牛乳もこの日は合計4本分も飲みました。


母の食事
<朝>7分かゆ、味噌汁、はんぺん、ゆでキャベツ、牛乳
<昼>7分かゆ、味噌汁(ほうれん草)、鮭入りホワイトシチュー、ゆでなす
<夜>7分かゆ、ヒラメのホイル焼き、エビの卵とじ


付き添い食メニュー
<朝>ご飯、味噌汁、笹かまぼこ、キャベツとわかめの和え物、牛乳
<昼>けんちんうどん(ネギ、ほうれん草別添え)、揚げなす、柴漬け、キイウィ
<夜>ご飯、ヒラメのホイル焼き(シメジ、レモン付き、母には無し)、ほうれん草の卵とじ

栄養士さんも、同じ材料を使いつついろいろ工夫して調理法を変えてるなと
感心しました。

posted by みどり at 09:30| Comment(2) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

入院記録<入院5日目>

入院記録<入院5日目>

11月5日(日)<入院5日目>
母は、夜中ちょこちょこ目が覚めていたせいか、朝からいびきかいて寝てる。
朝食は「おかゆもっと」と言って、前日より食べてくれました。
とは言っても食べたのは四分の一弱くらい。
6日に退院できたらと思っていたのですが、自力で動くことがほとんどできないし、
食べる量も少ないので退院は難しい気がしました。

午前9時過ぎに、助手の先生が来て診てくれました。
手術跡はきれいになってるからと、それまで当てていたガーゼが外されました。
傷跡もとくに消毒する必要もないので明日退院でもいいと言ってもらえましたが、これ
から戻るグループホームは病院ではないのでもう少しこちらにいさせてもらえたら・・・
と、聞くといいですよと言ってもらえました。
私、水曜日に退院をと考える。

母の様子も落ちついてきたし、先生ともお話ができたところで外出することにしました。
日比谷の出光美術館で公開されている「国宝伴大納言絵巻(ばんだいなごんえま
き)」の展示
がこの日までだったのです。(日本の四大絵巻の一つと言われています)
上・中・下巻すべての公開、この機会を逃すと次はいつ見られるか分からない。
これだけはどーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーしてもみたい!!!!
もちろん看護師さんに母のことをお願いして、10時頃病院をでました。
もちろん美術館へ行くなんて、いいません(^_^;)
病室に持ち込んでいたノートパソコンもおいていくのは心配なので、持って出ることに
しました。ノートと言ってもB4サイズの大型ですが。
昔々、父が入院していたとき病室においた現金が消えたこともあるのです。
そんなわけで、大きなバックにパソコン入れてそれを抱えたまま美術館へ。

11時に出光美術館に着くとすでに長蛇の列。そんなことは覚悟の上、しっかり待って
じっくり見てきました。

いったん家に戻ってから、再び病院へ戻ったのは午後5時少し過ぎ。
私の留守中、母は私がどこ言ったかとうるさかったらしい。
病室では母は寝ていましたが、すぐ目が覚めて水を飲んでくれました。
昼食時のことは分かりませんが、術後私が知る限りは初めて自分から積極的に
飲んでくれました。
それも、私がコーヒーを飲んでいると、飲んでみたいというので飲ませると
「おいしい」と言うのにはびっくり。薄めでしたが砂糖もクリームも入ってないのに。
部屋の冷蔵庫に入れておいた牛乳の残りも飲み、この時だけで200CCは飲んで
くれました。
前日まで水分をほとんど摂っていないからのどが渇いているはずなので、やっと体の感覚が正常に戻ってきたようです。

夕飯になると自分からスプーン使って、食べ始めたのでこれもびっくり。
それまでは私がスプーンで口元まで持って行かないと食べなかったのです。
食べた量は全体の2割くらいで少ないですが安心しました。
食後はすぐ寝てしまいました。もちろん朝までは何度も目が覚めて私を呼びます。

母の食事
<朝>五分かゆ、炒り卵、ツナサラダ(崩した物)、牛乳
<昼>?
<夜>五分かゆ、大根おろし、豚肉のパプリカ炒め(のくずしたもの)

付き添い食メニュー
<朝>パン、炒り卵、ツナサラダ、マーガリン、イチゴミックスジャム、牛乳
<昼>ご飯、カレイのあんかけ、あと?
<夜>ご飯、豚肉のパプリカ炒め、とまと、ジャガイモ、大根おろしのナメコ和え

posted by みどり at 08:45| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入院記録<入院4日目>

入院記録<入院4日目>

11月4日(土)<入院4日目>

母、目覚めて私の顔を見て最初に言った言葉が「おたくどなた?」でした。
まあ、おどろきませんが(^_^;)

食事も水分もほとんどとってくれません。
この日一日で、水分は200ミリリットル位しかとれていないと思います。
去年、家に人殺しがいると大騒ぎをしたときもほとんど飲まず食わずで過ごして
いて平気だったのですが、どうもそれと似た状態のように見えます。

午前中、背中が痛いと言っていたのですが、どこが痛いの?とよくよく聞けば
背中ではなく右肩でした。前日に痛み止めの注射をしたせいでしょうか。
午前中は比較的おとなしかった母ですが、午後になってから落ちつき無くなり
「一緒にいてよ」を連発。
「殺される」も相変わらず出ますが、前日よりは少なくなりました。
扱いも前日より楽になりました。

夜、この日初めて自力で上半身起き上がりました。いい傾向かな?

お腹と腸をいじった手術をしているので、おならや便が出る方がいいらしい。
膀胱に管がつながっていますが、母が「うんちでる」というので、術後初めて
トイレに連れて行きした。
最初、トイレに連れて行くのを介護の方や、看護師さんに手伝ってもらおうとしたら
オムツを着けているから「そのまましていいですよ」と言います。
そんなこと言っても、いままでそんなことしたことない人間に、できるものではないと
思うのです。
苦労してトイレに連れて行きましたが、出ない。
おむつは少々汚れていましたが、おならが出たついでに出たという感じ。
もっと本格的に出る方がいいらしい。
夜中のために、室内用のトイレをおいてもらいました。
(結局使うことはありませんでした)

午前中は主治医が、午後は助手の先生が様子を見に来てくれました。


じつはこの日も、ボサノバの大御所ジョアン・ジルベルトのコンサートチケットを買って
いましたが行くのはやめにしました。
母と一緒にいて上げた分、落ちついてくれたみたいです。


母の食事
<朝>流動食。5匙くらい食べる。
<昼>三分粥(のり状の流動食に初めてご飯粒が浮かんでいます)。5匙くらい食す。
<夜>三分粥。食べたのは3匙くらい
母の食事は、昼夜のおかずは私の付き添い食のおかずと元は同じ、細かくして
とろみがつけられています。

この日の付き添い食メニュー。
<朝>ご飯、味噌汁、野菜とちくわの煮物、青菜とじゃこの和え物、牛乳。
<昼>ご飯、味噌汁、豚肉とぜんまいの煮物、春雨サラダ。
<夜>ご飯、かき玉汁、豆腐のあんかけ、魚の揚げ物、レタス。

posted by みどり at 08:32| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月10日

入院記録<入院3日目>

入院記録・その3

11月3日(金)<入院3日目>
母は夜中何度もおきていたせいか、明け方から10時ごろまでよく寝ている。

朝、グループホームのホーム長さんへ電話。
母の様子を報告するが、ホーム長さんが気にするのはちゃんと直ってから戻ってきて
来てほしいと言うことがよく分かります。グルーホームは病院ではないからそれは
分かりますがなんだかいやな感じです。
「がんばってください」と言われたのも気にくわない。
私はこの言葉が大嫌いなのです。以前乳ガンで治療をしたときから大嫌いになった
言葉です。これ以上、今以上なにをどうがんばれと言うのか。
患者仲間でもこの言葉が嫌いという人は少なくありませんでした。
一見相手を励ましているようで、実は傷つける言葉です。

10時頃。
手ではすぐ抜いてしまうので、足に点滴をしてもらう。
今回はどういうものなのか成分をよく見ておきました。

最初のは100ml。大塚製薬製。
成分、100ml中塩化ナトリウム0.5g

次のは500ml。味の素製。
成分は、500ml中
塩化ナトリウム0.45g、塩化カリウム0.745g、L-乳酸ナトリウム1,12g、ブドウ糖21,5g

特別な成分ではなく、体に必要な電解質と糖分ですね。


午後母が寝ているので、いったん家に戻る。
すぐ戻るつもりで、看護師さんに声をかけていかなかったのがまずかった。
洗濯して、お風呂に入って持っていく荷物をまとめていたら病院より電話あり。
病院を出てから1時間ほどで戻ると、母はいつの間にか私を探して歩き回っていた
らしい。しかも手術した部分をいじってパジャマも血だらけ。
私、看護師さんに怒られた。
仕方ないけれど、こういうとき一人では身動きができなくて不自由。

傷口を勝手にいじれないよう、上下つながっているツナギのような服にしたほうが
言われ承諾しました。なるほどこれなら安心です。
この服は病院側で用意してくれました。
ジッパーが付いていて、自分では簡単には脱げないようになっていました。

夜、母は熱もあるようすでしきりに「殺される」を連発。
これは以前からある言動で、今に始まったことではありません。
珍しいことではないけれど、一緒にいる人間にとってはたまりません。

この日の母の食事です。
<朝>無し。
<昼>流動食(おかゆ風で、ご飯粒はないのり状の物。1,2匙位しか食べません。
<夜>流動食。やっぱり1,2匙くらい。水分もほとんど取りません。
流動食には、主食系の物と、スープ、ジュースも付いています。

夜は「殺される妄想」もあるせいかいくら私が勧めても「拒否!」と言って受け付けません。頑固者です。

点滴も夜にはおしまい。
一日中、膀胱に管はつながったまま。

この日は某公演のチケットを買っていましたが、あきらめる。

やっと11時半ぐらいになって寝てくれて私も一休み。
前日おなかがすいて困ったので、買い込んでおいた物で夜食タイムとしました。

この日の付き添い食メニューです。
<朝>パン、マーガリン、イチゴミックスジャム、コールスロー、ウインナー、牛乳。
<昼>ご飯、味噌汁、ひらめの煮物、青菜のおひたし。
<夜>栗ご飯、チキンソテー、トマト、野菜の煮物。
posted by みどり at 13:06| Comment(2) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月09日

入院記録<入院2日目・手術当日>

前日から朝まで、母は何度もトイレに行くことになりましたが、トイレには私も
一緒に中まで付き添っています。
母は「悪いね、寝られないね」と行くたびに言います。
認知症が進んでしまってる母ですが、完全に惚けてるわけではないですね。
こんな時、こんな言葉を聞くとそれを実感しました。


入院記録・その2

11月2日(木)<入院2日目・手術当日>
母は一日絶食。

午前10時。
手術に立ち会う看護師さんより、手術の説明。
全身麻酔ではなく、腰椎麻酔での手術とのこと。

その後、お風呂。

午前11時。
点滴開始。

午後12時少し過ぎに手術室へ。
手術は1時間ほどかかるので、私は昼食後インターネットカフェへ。
ブログの設定変更完了。
コーヒーを2杯、カフェラテ1杯、カプチーノ1杯をのむ。(1杯150CC位のカップ)
コーヒーに飢えていたようです。(後で気がつきましたが病院内には給茶機があって
熱いお湯も出ることがわかりました。オーブントースターも電子レンジもある。
誰も教えてくれなかったなあ)
病院へ戻るとまだ母は戻っていませんでした。

午後2時少し前に母もどる。
その後、左手の甲に刺されている点滴の針が痛いらしく気になって仕方ない様子。
尿は膀胱に管がつながれていて、ベッドの外に吊り下げられたパックに流れるように
なっていました。紙おむつも着けています。

午後4時頃。
私が横向いた時にペリッと音がしたので見ると、点滴を引き抜いてしまってる!
看護師さんを呼んで、今度は反対の右手の甲に針を刺す。

午後5時頃。
グループホームのスタッフ兼看護師のFさんが来てくれる。
Fさんが、3,4,5日と休暇だそうで、できるならこちらの病院へ5日までいて
6日に退院のほうが引継ぎがうまくいくというお話も聞く。
(グループホームでは、看護師さんはFさんだけなのです)

その後私がトイレ行ったときか、お湯をとりに行ったときかわかりませんが、またもや
点滴を抜いて・・・ではなく、途中から折れて外れていました。
部屋を薄暗くしていたのですぐには気がつかなかったのです。
まったく油断も隙も無い!

9時頃よりまた点滴。
痛み止めが入っているせいか、いびきかいて寝始めた。
私もこの病院へ来てから、初めてゆっくりした気分になりました。

12時少し前に私も休むことにしました。
ふと何かの気配に気がつくと、看護師さんがパックにたまった尿の始末をしてくれて
いました。

その後も2時半頃、母がナースコールを押してしまったらしい。
おなかが痛いというので、肩に痛み止めの注射。
その後私はおなかがすいてしょうがない。
近所にコンビにもあるのですが、夜間の出入り口も閉められていて出られない。
幸い病院内の自動販売機にカロリーメイトがあったので、これとコーヒーで軽食。
午前4時になっていました。


付き添い食ニューです。
<朝>ご飯、味噌汁、厚焼き玉子、切干大根とさつま揚げの煮物、浅漬け。
<昼>ご飯、味噌汁、すき焼煮、ブロッコリーとカリフラワーのおひたし風。
<夜>あら記録忘れちゃった。
posted by みどり at 09:16| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

入院記録<入院1日目>

11月1日より母入院のため、私も付き添いで病院に泊まり込みしていましたが
8日に無事に退院。私も家に戻ってきました。
病院ではノートパソコンの持ち込みOKでしたので、合間を見て記事を書いていました。
入院中の記録は、これから少しずつご紹介していきますね(^^)


入院記録・その1

11月1日(水) <入院1日目>
何とか前日に・・・というか正確には10月31日から11月1日にかけてごそごそと
入院のための荷物の準備。母の荷物と言うより、ほとんどが私の荷物。
3,4日間は泊まり込みできるように荷物をまとめました。
読みたい本、いつも使っているノートパソコンも持って行くことに。
かなりの大荷物になってしまいました。

入院に必要な書類も書き上げていなかったので記入していると、よく見れば
保証人の名前を書くようになっているではないですか。
保証人と言ってもほとんど入院当日では、頼める人がいない。
これは勝手なことして申し訳ないけれど、母の弟の名前を書いてしまいました。
母の成年後見の申立をする際に、親戚として唯一同意書を書いてもらった方です。
ごめんなさい・・・って、ここで謝ってもしょうがない。

いるかどうか分からないけれど午前10時過ぎてから、近所のスーパーでスリッパを
購入(母は足が悪いので、グループホームの室内でもスリッパでは脱げてしまうので
室内履きの靴を履いています)。
家に戻って荷物をまとめ、12時半過ぎにグループホームに到着。
看護師のFさんに医師に聞いた話を報告。
9月に脳波と脳のMILの検査をK病院で受けていましたが、この検査結果がグループ
ホームでの主治医の元に来ていないとFさんから聞きました。
K病院の医師は、後で送ると言ってくれたはずなんだけど・・・。

入院、付き添いのことで頭がいっぱいなのにまた余計なことで頭を悩まされるのは
正直言ってうんざり。母の部屋で一人になったら涙が。
母のパジャマ、下着などの用意。
タクシーで病院へ。

2時頃、入院の手続き。
部屋は二人部屋を、私と母とで使わせてもらえる事になりました。
大部屋よりこの方が気兼ねなくていいのですが、差額代が一日6000円。
10日入院したら大部屋より6万円も高くなるわけです。高い。
しかし部屋のテレビは見放題(大部屋はプリペイドカード式)、電話も付いていて好きに使えます。(後で通話料は払いますし、外から電話を受けることはできませんが)
差額代を払っているだけのことはあります。便利です。
電話は最初にゼロを押してから通常の電話番号を押せばつながりました。
この電話回線からインターネットにつなげないかと試してみたのですが、ダメでした。

私用には簡易ベッドを用意してもらえました。
患者じゃないので病室のベッドは使えないのね。

入院中は母にずっと付き添うつもりでいたので自分の食事をどうしようかと考えて
いたのですが、この病院では「付き添い食」を一回300円(入院当事者は260円)で
用意してもらえるそうなので、お願いすることにしました。
昔(17,8年前)母が白内障で入院して、二日付き添ったときはお弁当を買ったり、
外へ食べに出たりしたのでこれは助かります。

午後4時。
脳波検査と脳のMRI検査を受けたK病院へ電話。
検査結果を

夜6時。夕飯時。
<母>
流動食:柑橘系のどろっとした物。おいしいと言ってこれは全部食べてくれました。
肉味の実無しスープ。桃のジュース。
8時頃、ジュースタイプの下剤。錠剤の下剤も2粒。この下剤は私が職場での
健康診断でバリウム飲んだ後渡されるのと同じ物。2粒は多いだろうと思いました。
私も2粒もらって飲んだら効き過ぎで困ったことがあるのです。

9時過ぎからは水分取るのも禁止。

<私、付き添い食>
ご飯、味噌汁、豚肉のショウガ焼き(レタス、トマト付き)、卵豆腐、りんご

夕飯後だったか?主治医と、手術に立ち会うもう一人の医師が来る。

8時過ぎ。
病院は駅前にあります。母は寝ていて下剤が効いてくるのは1,2時間後になるだろう
と思ったので、駅ビルの中のあるインターネットカフェへ行きました。
ブログの様子が心配だったのです。

案の定「みどりのアート鑑賞日記」の身内が入院したので付き添いのため一時
お休みしますと書いた記事にトラックバックした愚か者がいる。
自分のアルバイトの記事とリンクさせてるんです、無神経なヤツめ!
(後日見たら、コヤツのブログはネット上から削除されていました。あちこちで迷惑行
為を重ねていたせいでしょう)

自分のブログのアクセス数を上げたい為に、こういう無神経な行為(内容に関係なく
数多くリンクさせる)をする輩が少なくありません。
中身で勝負しなさい!と言ってやりたいです。
「私と母のピスタレピスタレ」ではトラックバックはできない設定にしてあります。
自分の母のボケ状態の記事と、何かの販売や中身のない脳天気な日記とリンクされ
るのは、腹が立ちますから。

早速削除したいけれど、利用しているブログ提供のseesaaがやたら重たくて
設定変更に時間がかかりすぎてしょうがない。
30分かかっても変更完了ができないので、あきらめて病院へ帰りました。

病院に戻ると、ナースステーションに母の姿がありました。
私がいないので探し回ったらしい。
部屋に戻ってからトイレに行くと、床が便で汚れているしよく見れば母のパジャマも
汚れています。
母は自分一人でトイレへ行って、でもきちんと始末できなかったようです。
普段も母は一人でトイレは行かれません。パンツを下ろして、洋式便器に座って用足しをしても、その後のことができないのです。

トイレの中をきれいにして、パジャマをつまみ洗い。
10時過ぎ頃から下剤が効いてきたようで、2,30分おきにトイレに行くことになりました。
午前1時までに6、7回。その後、朝までにたしか2回の計9回ほど。
二人とも寝られない・・・(×_×)


posted by みどり at 17:04| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月01日

お知らせ

1日より母入院、手術があり私も病院に付き添いのため
泊まり込みしますので、ブログの方も数日留守します。

また後日おあいしましょう(^o^)/~~~


留守中はコメントを投稿できない設定にしてますので
ご了承ください。

posted by みどり at 08:12| Comment(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。