2006年12月27日

布団抱えてサンタのつもり

12月24日(日)
寝坊する。
気がついたら朝の9時半過ぎ。

しかし、この一週間は疲れました。
仕事復帰の月曜日から7時半過ぎまでしっかり残業。
5時半終業のはずですが、以前からこの時刻に終わったことなんてまずありません。

先週の日曜日に退院をしてから、一週間ぶりに母の所へ行くことにしました。
この一週間、グループホームからは何の連絡もありませんでした。
連絡がないのは問題が無い印なので、かえって安心です。

以前からホーム長さんより、外出用の手袋を用意してくださいと言われていたので
買って持って行かなくては。
家から持って行って、今母が使っている掛け布団も、重たいので綿を打ち直すか
新しくて軽い物を用意した方がいいとも言われていました。
両方用意しなければ。

ただし、この日は午後2時から、渋谷のシアターコクーンで野田秀樹さんのお芝居
「ロープ」のチケットを取っていたので観に行きました。

この後、地元のスーパーの西友へ。
軽い掛け布団・・・せっかくなので羽毛布団を買おうと考えてお金も用意していました。
(私自身は、羽毛布団なんて使ったことありません)
品物も3万円台から十数万円の物までいろいろありますね。
いくら何でも10万円台は予算オーバー(^_^;

迷った末、お店の人に勧められた品物に。
この日まで10パーセント引きだったのですが、私が迷っていたせいか店員さんの
「最終日なので15パーセントにします」と「この品物なら10年は持ちますよ」との二つ
の台詞がきめてとなりました。
羽毛布団+カバーで合計34,692円。

ついでに同じスーパーで手袋を買いました。せっかくなのでクリスマス用の包装を
してもらいました。
以上を持ってグループホームへ。ついたのは午後7時半頃。
幸い母はまだ寝ていませんでした。たいてい8時には寝てしまうようです。

掛け布団にカバーをかけて、古い掛け布団と交換。
重さが全く違います。ちょっとびっくり。
古い布団は後日、自宅に持って帰るか廃品回収の業者に持って行ってもらうか
いずれにしてもグループホームからは撤収するつもりです。
手袋も母に渡しましたが、プレゼントの包装をとらないのがちょっとかっがり。
仕方ないので、私があけました(^_^;

もともと母は昔からプレゼントを贈り合う、なんてことはしたことない人だったから
分からないのかも・・・。
クリスマスといっても、私も子どもの頃はプレゼントをもらったことなど全くありません
でした。親からも友人からも。
だから小さい頃から、この世にサンタクロースがいるなんてこと考えたこともありま
せんでした。

布団や手袋をみても、母の反応はあまりなし。
でも、私のことみて「一人娘のみどり」「かわいいよ」と言ってくれるのがうれしいやら
切ないやら。なんだか泣けてしまいました。
そしたら母は「泣かないでよ」と。
そうですね、私が泣いた顔を見せては母が不安になってしまうでしょう。
母の前では笑顔でいなければ。

この後、グループホームを後にして帰宅しました。
posted by みどり at 04:55| Comment(4) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月20日

二度目の入院<第11日目・退院>

12月17日(日)
前日の夜から、母は2時間おきくらいにトイレに起きていました。私も一緒に行きます。
何度目の時か忘れましたが、母が起き上がって呼ぶのでベッドの方に行ってベッドの
端に座ったら母がアララ・・・私のほっぺたにキスしてくれました!(#^_^#)
我が家には、外国の家庭みたいな家族のキスの習慣なんてないのですが。
せっかくですから、私も母のぽっぺにチューしてあげましたf(^―^;

夜何度も起きていたせいか、目が覚めたのが7時20分頃。
いつもは6時には起きていたのですが、こんなに寝坊したのは今回の付き添い中
初めてでした。
看護士さんが6時過ぎると来てくれるのですが、私が気がつかなかったのか
それともこの日はもう退院だからと、来なかったのか分かりません。

7時過ぎには係の人が、顔拭きようのおしぼりを持ってきてくれますがその前に
私も着替えが完了。7時半には朝食を持ってきてくれます。

朝食後は帰りの支度。意外と時間がかかります。
前回は入院費用の計算が出てから、お支払いを済ませて帰りました。
てっきり今回もそうだと思いこんで、部屋に連絡が来るのを待っていました。

途中、助手の先生の回診がありました。
手術跡を見てくれて、もうだいじょぶですね、とのこと。
ありがとうございます、お世話になりました(^^)

さて、精算の連絡がなかなか来ないし、でも早く帰りたいし・・・で、催促すべくナースス
テーション(ここに事務の人もいる)へ行くと、この日は日曜だから会計は休み、支払いは後日でいいとのこと。
なんだー、早く言ってよぉ・・・(T.T)
まあ、こちらも前回のことがあったので思いこみがあったのですが。
1時間ほど、時間を無駄にしてしまいました。

タクシーを呼んで、グループホームへ。
11時頃到着。
前日お電話を入れたとき初めて知ったのですが、私が一日外出した9日(土)に
看護士で責任者のFさんと、入居者のAさんがお見舞いに来てくれたんだそうです。
Aさんにもお礼のご挨拶を。Aさんは母ほどは認知症は進んでいないように見えます。

12時頃、グループホームを後にして私は自宅へ戻りました。
これでようやくひと仕事完了です。

荷物を置いてから銀座の宝飾店ミキモトの6階、ミキモトホールへ向かいました。
自動人形師ムットーニさんの作品展示&上演会があるのです。
3時に友人と待ち合わせ、3時半からは無料のミニ上演会。約30分。
外の銀座の町で時間をつぶしてから、5時半からはチケットを確保しておいた有料の
ナイトツアーに参加。7時に終了。
近くの中華料理店で友人と食事。
この日は、なんだか幸せな気分で帰宅することができました。

やることは残っているけれど、この日は気分のいいまま眠ることにしました。

今回、いろんな方にご心配かけましたし、励ましていただけて私も乗り切ることが
できました。
皆様、ありがとうございました!(=^0^=)
posted by みどり at 06:07| Comment(2) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月17日

二度目の入院<第10日目>


12月16日(土)
この日は、もう明日が退院と分かっているので気が楽です。
母の方も特に問題がありませんが、相変わらず一日中寝ています。
やはり、今日退院にしなくて良かったと思いました。

食事を取る量は、三分の一から半分くらいとれるようになりました。
トイレに行くときの足取りも、しっかりして速くなってきたのでこれなら、明日の退院
私も安心です。

午前中、主治医の回診。
退院後は、入浴も普通でいいそうです。
抜糸(傷口は糸ではなく、ホチキスみたいな針がはまっています)は年明け
でいいとのこと。
主治医からは最初1月5日に抜糸と診察を、といわれましたがこの日は私の職場の
仕事始めの日。
初日に休んだら、あのワンマン社長から何と言われるか分からないので翌日6日
(土)にしていただきました。(土曜の午前中も診察はしてくれてます)

昼食後、着ている物を着替えさせる。
術後、胸の絆創膏でかぶれた部分が、まだじゅくじゅくしていました。
近所のスーパーへパット付きの救急絆創膏を買いに行く。

大部屋にいるおばあちゃんで、何かを取り替えるのか、リハビリでもしてるのか
時々大声だしてる・・・っていうか、叫んでる方がいます。
毎日のことで慣れましたが、最初は何事が起きてるのかと思いました。

付き添いのくせして、夕方またちょっと外出させてもらうことにしました。
お前何しに病院行ってるんだと言われそうですね。
2,3時間で戻るならともかく、外出して5,6時間留守して午後9時、10時に
帰ってくるのはやっぱり看護士さんにはあきられてると思います。

新国立劇場・中劇場で舞踏家で振り付け家の勅使河原三郎さんの公演
「ガラスの牙」あるのです。行ってきました。
(午後6時開演、8時頃終演)

5時ちょっと過ぎに劇場のある初台駅に着きました。
時間があるので夕飯をとることにしました。
ここに来て、時間がある時に2,3度よったことのある中華料理屋さんへ。
スープのたっぷりあるシュウマイ、小龍包(しょうろんぽう)とエビそばのセット
メニューにしました。

このお店に初めて入ったのは、去年の12月。
新国立劇場の小劇場での公演を観に来たときのことです。

あの頃は、ちょうど母の認知症が坂道を転げ落ちるようにどんどんひどくなっていた
時でした。12月に入ってから幻覚・幻聴もあり私一人の手に負えなくなりました。
病院、警察、市役所の介護支援課などたくさんの方のお世話になりようやくグループ
ホームへの入居が決まり翌日はホームへ母の引っ越しをするという日、やはり同じ
お店で初めて食事をしました。

ここはおいしいお店です。母にも食べさせてあげたいな、一人で来て申し訳ない。
しばらくつきっきりで過ごすことができたけど、明日からはまた離ればなれだな、
そう考えたらなんだか涙がポロポロ出てしまいました。
泣きながらの食事は消化に悪い。

9時半頃、病院に戻りました。
ちょうど看護士さんが、夜の薬を飲ませてくれた後でした。

昼間寝てばかりいるから、夜は家鳴りなかなか寝られないようです。
朝までの間に数回トイレに一緒に行きました。
一度、2時半頃私が物音で目が覚めると母がドアの前にいるではありませんか。
なんと、一人で起きてトイレに行ってきたようです。
びっくり!よく行かれたねえ。
そういえば、私が何度か病室を留守にしていたときも母は一人で歩き回った事が
1,2度あったようです。
明日の退院、いよいよ安心です。
少し寂しい気もしますが。


母のメニュー
<朝>全粥、炒り卵、煮物(大根、にんじん、グリーンピース)、味噌汁(白菜)牛乳
<昼>とろろそば(そば、とろろ芋、ネギ、ほうれん草)、厚揚げとなすのそぼろ煮
<夜>一緒にいなかったので不明

付き添い食メニュー
<朝>炒り卵、煮物(煮物、にんじん、グリーンピース、さつま揚げ)、味噌汁(白菜、
わかめ)、牛乳、ご飯

<昼>とろろそば(そば、とろろ芋、ネギ、ほうれん草)、厚揚げとなすのそぼろ煮
<夜>外食


全粥になると、おかずの内容は一般食とほぼ変わらなくなってきました。
違う部分というと母のはやはり、消化の悪い海草は入っていません。
朝の煮物は、、母のにはさつま揚げは入っていませんでした。
posted by みどり at 08:25| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

二度目の入院<第9日目>



12月15日(金)

母が食べる量は相変わらず少ないです。
それにしてもよく寝ます。昼夜関係なく、ほとんど一日中寝ています。

<午前中>
少しでも食欲が出るようにと、7時くらいに起こしました。牛乳をレンジで温めると
100ミリリットルほど飲んでくれました。

朝食は7時半です。
少し食べると、すぐ「寝たいよ」の連発。毎食この繰り返しです。

8時過ぎ、助手の先生の回診。
夕べ飲んだ下剤が、まだきかないのですが出るようになれば、そして腸が出てないこ
とが確認できれば退院できるとのこと。
お通じ、あるといいなあ。
今週いっぱいは有給休暇を取っていたけれど、月曜日も休みますとは職場に
連絡しづらいのです。

9時過ぎ、シャワーなら浴びていいとのお許しがでました。
一緒に入りたいけれど、母の面倒見ながらの入浴では私が風邪ひきそうなので
やめました。
母を支えながら浴室内に入って、湯船にはいるのはとても難しいので置いてある
椅子に座らせて暖かなシャワーをかけました。
一週間ぶりのお風呂は気持ちいいはずです。
しかし、やってみると入浴の介護はかなりの重労働だと感じました。
お風呂場は狭いし、滑りやすいので気を遣います。

12時少し前に、寝ていた母がようやく「うんち、でちゃった」と訴えました。
そうかそうか(^^)これを待っていました。
でちゃってもだいじょうぶ。
尿取りパットと、紙おむつの二重ガードになっていますから。
トイレに一緒に行って、ウォシュレットでおしりを洗って完了です。
しかし、自然なお通じと違うので母はこの後、数十分の間にさらに二回トイレに
一緒に行きました。
しかしこれで、退院の見通しがつきました。

<午後>
顔を合わせることの多かった、入院中の方と病室前のソファーに座って少しお話。
この方とお話をするのは、この日が2度目。
お年は60才くらいかな。
乳ガンの手術のため入院したそうです。
お話を聞くと手術日は8日(金)で、時間は私の母の後だったようです。
緊急の手術があって、時間が遅くなると言われてそうで・・・・え、それって母のこと?
確かに、癒着があったのではがした・・・と、予定外の事をした話は聞いていました。
そうか・・・予定外イコール緊急、ですね。

午後、食事して落ちついてから、洗濯物もっていったん帰宅。
なんだかんだと一日おきに家に戻っていますが、郵便物や回覧板があることが
あるから、やはりこまめに戻ることは必要だと感じました。
そして再び病院へ。

夕方、主治医の回診。
お通じがあったし、腸も出てないので明日にでも退院していいですよ、のお許しが
でました。やった(^o^)

しかし私としては、母はほとんど食事をとれないし、寝てばかりいるのが心配なので
土曜日は病院でゆっくりすごし、日曜日に退院・・・と言うことにしていただきました。

午後6時ちょっと前、職場へ電話。
連絡入れておかないと、人数が足りなくててんてこ舞いしているはずの同僚が
「月曜日くるのかなー?」と気にしてるはずですから。

さんざん昼間寝ていた母は、夕食後はやはりすぐには眠れなかったようで少し
そわそわ。
10時過ぎにやっと眠ってくれました。


母のメニュー
<朝>七分粥、野菜炒めの崩した物、味噌汁(なす)
<昼>七分粥、鯖の大根おろしかけ、煮物(さといも、にんじん、こんにゃく)、味噌汁
(白菜)

<夜>七分粥、親子煮(鶏肉、玉子、玉ねぎ)、青菜和え

付き添い食メニュー
<朝>スライスチーズ、ヤクルト、野菜炒め(キャベツ、ベーコン、にんじん)小型パン、マーガリン、ジャム
<昼>揚げ魚の甘酢あんかけ、煮物(さといも、にんじん、こんにゃく)、味噌汁
(白菜、油揚げ)、ご飯

<夜>親子煮(鶏肉、玉子、玉ねぎ、にんじん)、青菜とアサリの和え物、ご飯、キウィ
ご飯
posted by みどり at 00:09| Comment(2) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

二度目の入院<第8日目>



12月14日(木)
<午前中>
食べる量が少ないので、午前中点滴を一つ受けることになりました。
トイレは相変わらず、室内のポータブルタイプ。
おしっこが出たくなるときは、教えてくれるのですが間に合わないときもあります。
そんな時でも尿取りパットがあるので、しっかり吸収。たのもしいです。

昨日から気になっていたベッドのシーツ替えがやっとありました。
この病院は週一のペースみたいです。
ベッドの上に一枚うすい防水シートをおいて、その上に敷布パット、そして全体を
普通のシーツでくるんでいます。
うっかり失禁してもだいじょうぶなのですね、利用しているこちらとしても構造が
分かって安心です。ベッド汚したら申し訳ないと思ってましたからf(^―^;
枕カバーも、上掛けのカバーも新しくなって、きれいで気持ちいいです。


入院前は、術後一週間ぐらいで退院できるかと思っていたのですがそれは
さすがに無理そうです。
前回もそうだったのですが自力で歩るようになり、食事が普通に摂ることができればOKのはずです。
食事が全粥になるのが17日。
前回は、自分の足で歩けるようになって4日目で退院だったのでそれを考えると
やはり17日に退院できるかな?グループホームにも連絡を入れなくてはと思って
いるところに、ホーム長さんから携帯に電話が入りました。

母の隣の部屋の方が、下痢をしたので医師に診てもらったらどうも今猛威をふるって
いるノロウイルスの疑いが濃いらしいのです。
当初ホーム長さんには15日(つまり明日)退院できるかもとお話ししておいたのでそ
れで連絡をくれたのです。
体力が弱っているはずの母が、今グループホームに戻るのは危険かもと。
退院日がはっきり分かったら、連絡を入れることにしました。

<午後>
トイレは室外のトイレに行かれるようになりました。
これで心配事が一つ消えました。
後はしっかり食事がとれるようになればいいのですが、四分の一から三分の一
位しか食べません。

午後、私用のインスタントコーヒーが残り少なくなってきたので買い出しに。
私はコーヒー好きなので普段から一日4,5杯は飲んでいます。
100グラム入りの品物を買っていたのですが、もう3,4杯分しかない。
いつもはレギュラーコーヒーなので、インスタントを買っておいて後で残るのも
イヤなので今度は30グラム入りを買いました。

夜、主治医の回診。
やはり、食事がしっかりとれていないのがネックらしい。
退院も「週明けでしょうね」というお言葉でした。月曜に退院できるかな。
日曜に退院できれば、私もしても助かるのですが・・・。
有給休暇の届けは今週いっぱいだったからですが、こればっかりは母次第ですね。

術後、一週間たっても便が出ていないので、下剤を使った方がよいということに
なり、夕食後飲ませました。
2時間ほどで効き目が出ると思いましたが、母のお腹は反応無し。
朝になったら、でるかな?



母のメニュー
<朝・五分粥>五分粥、鳥そぼろ、昆布の煮物のピューレ、味噌汁
<昼・五分粥>五分粥、春雨サラダ、クリームシチュー、桃のピューレ、牛乳
<夜・五分粥>五分粥、焼き魚のほぐし身、おろし大根、煮物(にんじん、ブロッコリー
刻みゆで卵


付き添い食メニュー
<朝>刻み昆布の煮物、鳥そぼろ、ご飯、味噌汁
<昼>カレー、わかめサラダ、ご飯、ミカン、牛乳
<夜>焼き魚、おろし大根、煮物(にんじん、さやえんどう、玉子入り油揚げ、椎茸)
    ご飯

前日から、なんだかむしょうにカレーが食べたくなってました。
なので昼食はうれしい(^^)

母のそばで一緒に食事をしてますが、やはり母はお粥より、ご飯がほしいらしい。
私が食べていると「ご飯」「ご飯」と訴えます。「ほしい」とは言わないのですけどね(^_^;)

下の画像は、病室から見える夜景です。
病院は駅前にあるので、駅前のターミナルのにぎやかさがきれいで楽しいです。

病院の窓から。12月14日の夜
posted by みどり at 05:22| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

二度目の入院<第7日目>

12月13日(水)
前日の大騒ぎに比べると、この日は割と平板な一日でした。

朝、母が「トイレ」と言うので部屋のポータブルトイレに連れて行こうとすると
どうも私に「トイレ」と言ったときはもう出てしまってたようです。
紙おむつをはいてましたが、横から少し漏れてしまってシーツが濡れてしまい
ました。
紙おむつ、パジャマを着替えさせることに。
やはり紙おむつだけでは心許ないので、尿取りパットが必要だと思いました。
漏らしても、パットだけ取り替えればいいし、尿量が多いときでも二重になっている
訳ですから安心です。

朝食。
まだ流動食ですが、私が勧める前に母は自分からスプーンとうつわをもって
重湯(おかゆの一種と言っていいと思いますが、ご飯粒のないのり状態のものです)
を食べ出してくれました。
全体の半分は食べてくれました。
このくらいなら順調でしょう。

その後、助手の先生の回診。
背中から入れていた痛み止めの薬用の針を外しました。
小さな容器はひもで首からつるしていました。
これにつながっていた管を胸の前で絆創膏を直に貼って止めていましたが、その
絆創膏をはがしたら看護士さんから「あ」の声が。
数日間、貼り付けていたせいで肌がかぶれていたのです。
そこには塗り薬を塗ってくれました。

しかし、やはり栄養が足りないと言うことで午前中から昼にかけて点滴を2パック
受けました。

午前中、看護士さんが寝たままの母の陰部を洗ってくれます。
入浴ができませんからね。
どんな風にやるかというとこんな風です。
まずははいているパンツ型の紙おむつの両側を切って、開きます。
看護士さんは、台所で使う洗剤の容器にぬるま湯を入れて持ってきてます。
肌に刺激の少ない、弱酸性の洗剤で陰部をあらい、持ってきた容器からお湯を
チューッと注ぐように出して洗剤を洗い流します。
下には紙おむつがあるから、水分はしっかり吸収してくれます。
この後、この紙おむつはもちろん破棄。
新しい紙おむつをはかせて完了です。

この後で、私はすぐそばのスーパーへ行って尿取りパット購入。

昼食。これは母はほとんど食べませんでした。

午後、私はいったん帰宅することにしました。看護士さんに母をお願いして午後
2時半頃に汚れたパジャマを持って病院を出る。
帰る途中で、アイロンを一台購入。今まであるのがダメになってしまいましたので。
以前からほしかったコードレスタイプにしました。
小型で白地に青のアクセント付きでかわいいです(^^)
台湾製で2970円とお手軽なお値段でした。

帰宅してから、久しぶりに入浴、洗髪。先週水曜日に入浴して以来です。
病院の洗面台で洗髪しようと思っていましたが、はやりゆっくり洗っている時間が
ありませんでした。
その後、洗濯物のアイロンがけをするつもりでしたが時間が無くなってしまいました。
夕飯の始まる午後6時には、病院に帰っていたいからです。

6時ぎりぎりに戻ると、母は病室ではなくて、車いすに座ってナースステーションに
いました。母だけでなく、高齢者のばあい看護士さんの目が届くようにこうすることが
多いようです。
よく見れば、腰の部分が固定されていて自分では動けないようになっていました。

夕飯。母は自分のメニューはほとんど食べませんでしたが、横で私がご飯を食べ
だすと「お粥」ではなくやはり「ごはん」が食べたいようです。
よく咬むように言って数口食べさせました。

午後7時過ぎ、主治医訪問。ちょっと様子を見に来ただけという感じでした。
夜また、母は少し幻覚が見えたようです。
そわそわして同じ事を何度も聞き出すのでもしかして、また幻覚か?と思い「何か見
えるの?」と聞くとやはり部屋に何かいるそうです。
私のことも「おねえさん誰?」と本気で聞いてきます(^_^;)

それでも9時過ぎるとすっかりおとなしくなり寝てしまいました。
夕べより遙かに楽な夜でした。

それにしても以前私が入院した病院では、頻繁にシーツを取り替えたのに
ここは全然変えない。
たまたま母がほぼ寝たきりだからか?

それにしても、一日時間がたつのが早く感じます。

母のメニュー
<朝・流動食>重湯、具のない味噌汁、牛乳
<昼・三分粥>三分粥、春雨サラダ、鮭のほぐし身のホワイトソースかけ
<夜・三分粥>三分粥、白和え、いり鶏、果物のピューレ
おかず類は、全てミキサーにかけたらしくピューレ状態になっています。

付き添い食メニュー
<朝>ハム、炒り玉子入り野菜サラダ、食パン(2枚)、マーガリン、ジャム、牛乳
<昼>中華風春雨サラダ、鮭のムニエル(サラダ菜、トマト、レモン)、ご飯、味噌汁
<夜>白和え、いり鶏、ご飯、バナナ二分の一本
posted by みどり at 01:09| Comment(2) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月13日

二度目の入院<第6日目>

病室の窓から。12月12日午後4時。

冒頭に載せたのは、12月12日午後4時、病室から見えた景色です。
正面のビルの中に駅が入っていますし、駅前からのお客さんを乗せるためのタクシー
が並んでいます。
ビルの1階、この写真のほぼ中央にあるのは洋菓子店の「コージコーナー」。
外が暗くなるにつれ店内の様子がよく見えるので、まるで誘われているようです。
目の毒・・・今度買いに行ってこよう(^_^;)

二度目の入院<第6日目>

12月12日(火)
午前中に尿管につながれた、管が抜かれました。
なので、リハビリパンツ(パンツ型の紙おむつ)をはかせました。
これからは自分でトイレにいかなければなりませんが、母は以前からトイレ行き
たくなったら教えてくれるのでこの点は、助かります。

金曜日(手術当日)から、ずっと寝たきりだったので丸々4日間寝ていたことになり
ます。
足も弱っているはずで、外のトイレまで行くのはだいぶ無理がありそうなので
部屋に置けるポータブルのトイレを利用することにしました。

お腹の手術跡を、始めて見ましたが前回は恥部とおへその間の真ん中あたりから
下の方へ切っていましたが、今回はちょうどおへそ部分から下に切っていました。

昼前に、術後はじめて自力で排尿することができました。
昼は、術後初めての食事(流動食)です。
でた重湯とスープは一匙しか、口にしませんでした。
まあ、最初ですからしかたないでしょう。

午後になると、元気が出てきたのはいいのですが「殺される」「殺さないで」とか
大きな声で騒ぐようになりました。
病院内でこれはまずいです。
前回の入院でも、あったのですが今回の方が症状が重い感じです。

母が騒ぐ時に聞いてみると、母には部屋の中にお化けが見えるらしいのです。
それがなかなか出ていかないらしい。
私が「一緒にいてあげるからだいじょぶだよ」と言っても、時には私の顔が
お化けに見えるらしい。
「何に見えるの?」と聞いたら「鼻が三つある」とか「カッパに見える」んだとか。
カッパかよ・・・(^◇^;)
私の顔が変に見えるらしく「あっちいけ」と言ったり、「笑っちゃう」と言ったり。

母は以前から、時々幻覚、幻聴があって一時治まっていました。
何かの拍子に時々出てしまうようなので、今回の入院でも私はこれが一番心配
でした。
せっかくグループホームでの生活に慣れてきたのに、付き添いもなくたった一人で
知らない人ばかりの病院では、痴呆にさらに悪い影響がでる感じでしたし。
麻酔の影響で痴呆の症状が一時的に悪化する、と言う話も医師から聞いていました。
今回は実際その通りになってしまったようです。

夜になると、頻繁にお化けが出るようです。
「手振ってる」「行列」「クマがいる」とかこの夜はお化けのオンパレードだったようで
午前2時頃まで続いていました。

背中側から入れていた痛み止めの薬は、夜中には無くなったのでこれで終了です。

主治医は朝夜一度ずつ、来てくれてお話をしています。


母のメニュー
<朝>無し
<昼・流動食>重湯、ポタージュスープ、牛乳
<夜・流動食>重湯、ミルクセーキ、高栄養流動食

食事はどれもスプーン一杯口にしておしまいでした。
ミルクセーキは温かく、甘いせいか「おいしい」と言って三分の二くらい飲んでいます。
「流動食」はジュースのような紙容器に「プレーン」と書いてあるのでてっきりジュース
かと思って、味見をしてみると・・・うう、これは(*。*)
はっきり言ってとってもまずいです。母も一口で「まずい」でした。
とろっとしたポタージュのようで、プルーンのような味がしないでもないけれど味は
やっぱり薬っぽい。

表示を見てみると森永乳業製造の名称「高栄養流動食」、商品名「CZポチ200」
125mlで200キロカロリー。確かに高カロリー食です。
パッケージには「遊びましょ!」「CZポチ」、牧場でミルクを入れる容器のイラストが
と「牧場を思いだしながら」の手書き文字があります。
気軽で楽しくとれるジュースかミルクの雰囲気を出そうとがんばってるようですが、
はっきり言って意味不明です(^◇^;)


付き添い食メニュー
<朝>卵焼き(野菜入り)、切り干し大根の煮物、ご飯、味噌汁、ミカン、牛乳
<昼>豚肉のじゃぶじゃぶ風サラダ、炒り豆腐、ご飯、味噌汁(わかめ、ジャガイモ)
<夜>銀だらの煮物、ジャガイモとベーコンの炒め物、ご飯、キュウリのぬか漬け
posted by みどり at 08:12| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月12日

二度目の入院<第5日目>

12月11日(月)
母は相変わらす一日、点滴を受けています。
まだ食事も無し。
水は飲んでもいいのですが、のどが渇かないらしい。
ベッドの上でおとなしく横になっています。
尿も管が通っているから、トイレに行く必要も無い。

午前10時過ぎに、看護士さんが二人来て体を拭いてくれました。
パジャマも買ってきたばかりの新しい物に、着替えさせてもらいました。

この時、初めて母の背中を見ましたが、肩とおしりの中間ぐらいの所に針が刺さって
いるらしく、ここから痛み止めの薬が一日中体に入っているのが分かりました。
血液やリンパ液も多少出ていたようで、パジャマの背中部分にシミが広がっていました。
母に聞いてもお腹は痛みがあるようですが、背中の方は痛くないようです。

昼間はほとんど、うとうと寝ています。
床ずれを防ぐために、背中の下に細長いクッションを入れ、左右数時間おきに
置く位置を変えています。
昨日見て初めて気がついたのですが、寝たきりになっているせいか足が少し
むくんでいました。
これも足の下に小さなクッションを置いています。
こちらもこの日見たら、前日よりむくみがとれたようです。

母は動けないし、おとなしいので前日もこの日も、私がやることと言っても、このクッシ
ョンの位置を時々変えることくらいです。
はっきり言ってヒマなくらい。

実は11日の夜は例によって、演劇公演のチケットを購入していました。
もちろん母が入院になったので、行かないつもりでしたが、今の母の状態なら
私が離れていてもほとんど問題ないだろうと思い、出かけることにしました。
もちろん、看護士さんには連絡済みです。

午後三時頃、病院を出ていったん帰宅。
洗濯をして、見たいテレビ番組を録画するためのセットをして、早め夕飯をとりました。
夕飯と言ってもインスタントラーメンなんですがf(^―^;
本当は入浴もしたかったのですが、時間が無くなりました。

前日初めて気がついたのですが、病院には大きな洗面台のあるところがあって、
ここで洗髪もできるようにシャワーが備え付けてありました。
そこで髪を洗うつもりで、シャンプーを小型容器に入れて持って行くことにしました。
付き添い中入浴ができない(母が入浴できれば一緒に入れる)のですが、体はタオル
で拭けばいいし、おしり(#^_^#)はウォシュレットがあるから気持ちよくきれいにできるし、
何とかなりそうです。

その後、JR阿佐ヶ谷駅近くの劇場「ザムザ阿佐ヶ谷」へ向かい「すがぽん(本名、
須賀玲奈)」さんと言う方のマイムパフォーマンスライブ「すがぽん劇場 →的」を観ました。

終演後はまっすぐ病院へ向かい、午後11時少し前に帰還(^^)
案の定、母の目はぱっちり覚めています。
しゃべる声も、昼間は蚊の泣くような声なのに夜の方がしっかりしてます。

「昼間寝てるから夜眠くないんだね。昼夜逆転しちゃったね、これじゃ困るから
今度昼間寝てたら突っついて起こそうか?」と、半ば冗談で私が言ったら
「そうしてよ」とはっきり言ってくれました(^◇^;)
よし、今度からそうしよう。


母の食事
相変わらず食事なしで、点滴のみ。


付き添い食メニュー
<朝>ご飯、薩摩揚げ野菜の煮物、青菜のしらす和え、味噌汁
<昼>カレイの揚げ物、インゲンのごま和え、ご飯、キャベツ味噌汁
<夜>外出したので、不明。

夜、食べたのはいったん戻った家でのインスタントラーメンと、病院に戻ってから
食べたミカン3個です。家ではろくな物食べてない私f(^―^;
posted by みどり at 01:23| Comment(2) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

二度目の入院<第4日目>


12月10日(日)
母は手術直後の夜に比べると、ずいぶん具合が良くなったようです。
尿道に管が通っていて、ベッドの柵につるしたパックに流れるようになっているので、
トイレに立つ必要もありません。


一日何も食べていないのですが、点滴をしてもらっているせいかお腹はすかないようです。
午後、看護士さんが聴診器で腹部の様子を聞いていましたが、腸は動き出しているそうです。

「痛いとこある?」「あるよ」「どこ?」「お腹」
でもこの会話の後ですぐ眠ってしまうので、我慢できないというわけではないようす。
痛み止めの薬も、背中側から一日中少しづつ体に入っています。

私としては水分を取ってくれないのが心配です。
「なにか飲む?」と聞いてもいつも「いらないよ」なんですから。

「水飲む?」「いらないよ」「牛乳のむ?」「飲む」
早速牛乳を買ってきて、薬飲器(小型の急須みたいなヤツ)で飲ませてみると
一口だけで「いらない」でした(^_^;)

母は結構ガンコです。
「水飲む?」「いらない」「ひとくちだけ」「ヤダ」

結局この日、母が口にいた水分は大さじ5杯くらいだったと思います。
私は心配ですが、看護士さんに言わせると点滴で水分は一日1500CC摂っている
から特に心配はいらないそうです。

昼間は寝てる時間が多かったので、夜9時過ぎになったらどうやら目がさめて
しまったようです。
昼間は眠そうなとろんとした目が、夜はおめめぱっちりきらきら。猫の目のようです。
(この前、看護士さんが言っていたひとみがキラキラしてると言うのは、どうやらこれの
ことらしい)

夕方から夜にかけて「みどり、来て」という事が多くなり明日からまた忙しくなりそうな予感です。
しかし10日(日)は、母は一日ベッドの上でおとなしく寝ているだけなので、付き添い
の私としてはとても楽な一日でした。



母の食事
この日は無し。水分を取るのはかまわないのですが、ほとんど飲んでくれませんでした。

付き添い食メニュー
<朝>ゆで玉子、ブロッコリーのサラダ、牛乳、パン、マーガリン、ジャム
<昼>豚肉のすき焼き風に物、キュウリとナメコのおろし和え、わかめとジャガイモの
味噌汁、ごはん
<夜>鯖の味噌煮、豆腐の八宝菜風、ご飯、キュウリの醤油漬け
posted by みどり at 00:33| Comment(4) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月10日

二度目の入院<第3日目>

12月9日(土)
前日が手術。
手術前の点滴の針を腕に刺すとき、看護士さんがだいぶ苦労していました。
老人なので血管が細く、針の刺せる太さの血管を探すのが大変みたいです。
普通なら腕の部分に刺しますが、数回やり直した末手首に近い部分に刺しました。
その後、包帯を巻いてもらいました。
前回入院時は、母は点滴の針が痛いせいか二度も抜いてしまったのです。
今回は包帯を巻いたせいか、多少痛いけれどあまり気にならないのか、取ってしまう
ことはありませんでした。

夜からの吐き気と嘔吐の繰り返しが、朝まで続いていました。
痛み止め、吐き気止めの薬は確か各二回ずつ点滴の形でもらいました。

そうそう夜、看護士さんから「白内障の手術してるんですね」と言われました。
確かにそうなのですが、何で分かったんだろうと思ったら「目を見るとレンズがキラ
キラしてるからわかるんです」とのこと。なるほど。

朝、6時、7時になると気持ちは悪いらしいのですが、話す言葉の調子はしっかり
してきました。
言葉と言っても「気持ち悪い」「お腹痛い」だけです。

8時半頃、主治医の回診。順調に回復しているとのこと。

その後で、胸部のレントゲンを撮るために機材を持って技師の方が部屋に来ました。
病室でレントゲン撮影ができるとは知りませんでした。
どういうゆう風にやるのが見たかったのですが、部屋を出るように言われたので
残念ながら未確認です。

この後私は急いで外出の身支度。
じつは以前から、友人と青山円形劇場での演劇公演「ア・ラ・カルト」を観る約束をして
あったからです。この友人ともなかなか会えないし、毎年12月になると上演される
「ア・ラ・カルト」は一緒に観に行くことにしていたのです。
この日私が外出して、付き添いができないことは入院初日に看護士さんにもお話を
しておきました。演劇公演を観るとは、言っていません。

母のことは心配なので夜は戻る事にしましたが、公演を観てからではどうしても
真夜中になってします。
このことは、看護士さんから守衛さんに話をしてもらい、戻ったら夜間の入り口の
インターホンを押して誰それの付き添いの者だと言えば分かるようにしておきます、と
言ってもらえました。

午前9時過ぎに大事なノートパソコンを持ったまま病院を出て、すぐそばのインターネ
ットカフェへ。
ICUでは電話がないから、自前のパソコンからネット接続ができなかったからです。
書いたブログ用の記事は、フロッピーディスクにコピーして持ってきたのですが
ここのパソコンにはディスクの入れ口が無いことが分かりました。
もはやフロッピーディスクは古いんですねえ。
CDなら入るので、次回はCD-RかCD-RWにデータをコピーして持ってくる事に
しましょうか。

カフェラテとカプチーノを各一杯飲んで、ネットを35分利用して、料金は210円でした。
安いわ。

この後は、まずは銀座の「ミキモト」へ向かいました。
「ミキモト」は真珠で有名な高級宝飾店ですが、こちらの6階のホールでこの日から
自動人形師ムットーニ(本名、武藤雅彦)さんの作品展示「ミキモト クリスマスファンタジー MUTTONI The Night Angel Comes〜天使が来る夜〜」が開かれることに
なったのです。
この日の目的は、ムットーニさんの語りによる上演会「クリスマスナイトツアー」の券を
入手するため。
日程も枚数も限られているため、販売開始の11時(開店時間)に行こうと思ったのです。
開店直前の「ミキモト」の前にはすでに30人くらいの方が並んでいました。
早めに行って良かった!無事チケットを入手(^^)

いったん自宅に戻り、着替えたり、いろいろしたり。
午後3時半頃、自宅を出て友人と「ア・ラ・カルト」公演を観てきました。
終演後は、しばらくぶりにあったので渋谷駅前の「えん」と言うお店でしばし歓談。

病院へ戻ったのは午前0時50分頃でした。
看護士さんの方は私が戻ってくるのを待っていたようで、この後すぐ母はICUを出て
最初にいた二人部屋に移動をしました。

母を見ると、あれれ、私のパジャマ着てる(^◇^;)
手術前は簡素な手術着に着替えてましたし、手術室から戻ってきてからもそのまま
だったので、夜になってからすぐ目に付いたとこにあった私のパジャマに着替えさせて
くれたようです。
母の顔をのぞき込むと、なんだかボーッとしてます。
「私は誰でしょう?」と言うと「みどり」と答えが返ってきました。

この日一日でだいぶ落ちついてきたようで、もう痛みも吐き気もない様子。
朝までぐっすり眠っていました。


付き添い食メニュー
<朝>ご飯、納豆(ネギ)、味噌汁(キャベツ)、青菜のごま和え、牛乳、
posted by みどり at 09:42| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月09日

二度目の入院<第2日目・手術当日>

今12月9日の午後、いったん家に戻っています。

12月8日(金)は手術当日です。長文です。

前日の夜に下剤を2錠飲んだはずなのに、朝になるまで頻繁にトイレに行くけれど
いっこうに便が出ません。
前回は飲んでから約2時間後から、効いてきていたのに今回は午前2時過ぎに
なっても出ない。いい加減これはおかしいぞ、と思いました。
母が錠剤を2粒口に入れたのは見ていましたが、ひょっとすると飲み込んでいないで
どこかに吐き出していた可能性がある、と思いました。

しかし、朝になったら看護士さんからじつはあの下剤は今回は必要なかったことに
後で気がついた、と言われました。
おいおい(¨;)・・・まあ、下剤ぐらいだったから良かったけれど、母が別の症状で
これが別の種類の薬だったらどうなってたんだろ?

9時過ぎに、入浴してもいいとのことで、母介護のついでに私も一緒にお風呂に
入りました。
一般家庭並みのお風呂場があり、ここに順番にはいります。

午前11時半頃より点滴開始。
午後1時に手術室へ向かいました。

すぐには戻ってこないから、この間に私は自分の用事を済ませることにしました。
まずは向かいのイトーヨーカ堂へ行って、グループホームでの母の主治医にお歳暮を
送るための品選びをしに行きました。
この医師には、成年後見の為の手続きをするために母の精神鑑定もやっていただい
ています。
規定の謝礼金は家庭裁判所経由でお支払いしていますが、やはり何か心ばかりの
お礼を差し上げた方がいいだろうなと、思ったからです。
安すぎても高すぎても変だし、どのあたりの金額にしようか迷いましたが結局3000円
のジュースの詰め合わせにしました。
送り先は医師の診療所なので、これなら皆さんと分けていただくこともできるでしょう。
上の階へいき、母のパジャマ購入。(うっかりして1着しか持ってこなかったので)

この後は銀行のATMへ。先ほどの診療所へ先月分のお支払いを済ませる。
そして100円ショップへ行き自分用のスリッパを購入。
(家から持って行くつもりだったのに、荷物の中に入れ忘れていました)

2時半頃病院へ戻ると、看護士さんより今日から落ちつくまでICU(集中治療室)へ
移ってほしいとのことでした。明日9日は、私は一日外出させてもらうお話もしてあり
ICUなら、すぐ横がナースステーションなのでなにかあっても安心です。

行ってみると、この病院のICUはベッドが三つ。
すでに年配の女性の方が一人、いらっしゃいました。
母が入り、残りのベッドは私が使ってもいいとのことです。ちょっとうれしい。

電話がないから、せっかく持ち込んだノートパソコンでのネット接続ができないのが
残念ですが。
TVはなく、その代わりCDプレーヤーがありました。
でもCDはもってこなかったなあ・・・と思っていじっていたら、中にCD−Rが一枚
はいっているではありませんか。
前の患者さんが忘れたのか、はたまたそこにそなえつけのものなのか。
持ってきたノートパソコンにセットしてみたら、アルバム名は知りませんがエンヤの曲
が数曲入っていました。
さっそくパソコン内にコピー。今、曲を再生しながら書いています。
(もちろん他の患者さんがいるので、小さな音にしています。部屋の空調の音の方が
たぶんうるさいです)


母が戻ってきたのは午後4時過ぎでした。
点滴、酸素吸入、背中側の方から痛み止めの薬を少しずつ入れているそうですが
6時頃母はお腹が痛いというので、痛み止めの薬を点滴で入れてもらいました。
1時間たつ頃には、薬が効いてきたようでいびきをかき始めました。

これで済むかなと思ったら、次は吐き気と嘔吐。
すぐ吐いてもいいように、小さな容器をそばに用意してもらっていました。
吐こうとすると母は起き上がろうとするので、それを止め寝かせて顔を横に向かせ
て容器を持って行きます。
吐き気止めの薬をもらって、少し落ちついたかと思うとまた吐き気。
吐いても一日何も食べていないから、液体しか出ません。
色は緑がかっているのが不思議です。いったい何の色なんだろうか・・・?
30分から一時間おきに嘔吐しては、落ちつく。そしてまた嘔吐。
朝までこの繰り返しでした。

看護士さんも30分おきくらいに見に来てくれました。
私もなるべく母のそばに付いているようにしましたが、さすがに2時過ぎになると眠く
て5時頃までは寝てしまいました。
(5時に起きたのは、母が嘔吐のため起き出した気配を感じたからです)


主治医と助手の先生は、何度か診に来てくれました。
しかし今回、別の病院から医師を呼んでの手術と聞いていましたがとうとう執刀医
とは一度も会うことがありませんでした。
こういうものなのでしょうか・・・・?
一度くらいお会いしたかったのに。



母のメニュー
この日は一日絶食、飲み物も不可。

付き添い食メニュー
<朝>パン、野菜のコンソメ煮、ハム、マーガリン、ジャム、みかん1個、牛乳
<昼>かき玉うどん(ほうれん草、ネギ)、筑前煮(鶏肉、にんじん、筍、こんにゃく)
<夜>ご飯、鮭のホイル焼き、豆腐のあんかけ、キュウリの漬け物、自前の味噌汁

posted by みどり at 14:10| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月07日

二度目の入院記録<入院1日目>

今、母が入院中の病院からです。

部屋にある電話回線からのインターネット接続の仕方が分かりました!
前回何で気がつかなかったんだろう!
(ノートパソコン持ち込んでます)

今日からは毎日でも、病院からブログに記事投稿ができます!
お楽しみに・・・なんて(^^)

せっかくですからまずは、どうやって接続できたかの説明です。
部屋にある電話は、まずはかける前に「0ゼロ」を押してから、目的の電話番号を
おせば先方につながります。
電話料金は後で病院から請求されるシステムです。
だからインターネット接続をする為のプロバイダーの電話番号のまえに「0ゼロ」を
つけるのです。
病院の電話はプッシュホンでつながるから「ダイヤル方法」は「パルス」にします。
(通常は「パルス」のみを指定してる場合を除き「トーン」を指定するのだそうで
たままたこの文を読んで、やってみようとして「パルス」でつながらないなら
「トーン」にしてみてください)


前回接続できなかったのは、私が電話料金込みで契約してしているプロバイダーに
つなげようとして、そこの電話番号の前に「0ぜろ」をつけたのですが、これでは病院側は請求できないのでつながらないシステムになっていたのです。
ですから今回は、契約してるプロバイダーとは別の無料プロバイダーの「Soloot」を
利用することにしました。こちらの電話番号の前に「0」を付け足したらみごと
成功しました。


前日ほとんど何もしていなかったので、今日は午前中からあわただしかったです。
荷物(私の物ばかり)をまとめて12時少し過ぎに家を出ました。
グループホームへ行って、母の持っていく荷物(パジャマ、下着等)をまとめて病院へ。

2時頃に着いてから入院手続きをしました。
そして主治医から明日の手術の説明。
午後1時から全身麻酔による、直腸脱を直す手術です。

その後、夜中にお腹が空くと困るのでスープ各種とみかん、あと母と私が使うつもりの
ローションなどを目の前にあるスーパーへ行って買い込んできました。

今回も前回と同じ二人部屋を、私と母で使わせてもらえることになりました。
しかも、前回私は折りたたみの小さな簡易ベッド使用だったのですが今回は部屋の
ベッドを使っていいとのこと。
なんだか病人になった気分になりそうですが、でもちょっとうれしいです(^^)

夕飯までの間に、ためていた領収書などの整理をしていたら前日銀行振り込みを
すませたグループホームのお支払金額を、間違った金額で振り込んでいたことに
気がつきました。
先月払い込むときの請求書も持っていたので、間違えてこちらを見てしまったのです。
幸い、・・・と言って良いのかどうか分かりませんが、今月払い込むぶんは先月払い込
む分より少額です。
とりあえず、明日ホーム長さんにお知らせしなくては。

今母はベッドに横になっていますが、もう少しすると少し前に飲んだ下剤がそろそろ
きいてくる頃になります。
今宵も朝まで忙しいことになりそうな予感です。
この後のことはまた明日に。

<今日の夕食>
母・流動食
主食はのりみたいな物+ココア+オレンジジュース
ジュース以外は完食しました。

私・一般食
ご飯、ポークソテー(レタス、パセリ添え)、しらたきのきんぴら風(にんじんアサリ入り)
大根の漬け物、これに買ってきた味噌汁をプラス。

病院なので塩分控えめにするため、汁物は毎食はつけないことを前回の入院で
知りましたのでインスタントの味噌汁を買っておきました。
私は汁物が大好きで、毎食スープ系は欠かせないのですf(^―^;
posted by みどり at 21:30| Comment(4) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一週間ほど留守します。


7日より母入院より、母入院に伴う付き添いのためブログの記事投稿は一週間ほど
留守します。

病院のすぐそばにインターネットカフェがあるので、一度くらいはここをのぞきに来る
ことはできるかもしれません。

ではまた次回お会いしましょう(^o^)/~~~
posted by みどり at 10:10| Comment(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月05日

まとまって休みがとれるのはこれが最後



母が7日から入院するので私も病院へ泊まり込みで付き添いをするため宿場の方は
7日から15日までの7日間、有給休暇を取ることにしています。

休みは取らせてもらえるのですが、これについては社長からちょっと釘を刺されています。
今後も休むようなら、職場の部署を変わった方がいい(つまりは、変わってくれ)、
その方が、私も安心してゆっくり介護できるだろうというのです。
人によっては「そのほうがいい、そうしてもらおう」なんて思うかもしれないけれど、
私自身はごめんです。

今の私は他の人から見ても、かなりいらいらキリキリしているらしい。
社長曰く「顔色も悪いし、いらいらしてはたから観ても気の毒なくらいで、このままじゃ
そのうち事故起こすよ」とのこと。
社長の言う「事故」とはつまり私がケガをするのではなくて、仕事上の大きなミス
をするという意味でしょう。

私のいる部署は、社内でも一番時間に追われて忙しいところ。
手が足りなくて、てんてこ舞い状態になることもしょっちゅうです。
しかし、だからといって他の部署に変わりたいなんて考えたこともありませんでした。
たとえ忙しくても、私にとっては今やっている仕事が一番やりやすい。

社長の考えは、私が頻繁にやすむなら別の人を入れて教育し、きっちり働いてもら
おう・・・と、言うわけです。

有給休暇があっても、まとまって取ることはできない職場。
変だけれどこれが現実です。

今回はともかく、もしまた母が入院するようになったら次回からはもう私は泊まり込み
で付き添いはもうできません。
そのあたりの専門の業者の方にお願いすることになるでしょう。

posted by みどり at 02:21| Comment(5) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月03日

7日入院、8日手術に決定


グループホームへ向かう途中、12時半頃私の携帯に母の主治医から待っていた
連絡が入りました。
12月7日の午後2時に病院へ行って入院手続き、8日に手術と決まりました。

病院へは前回と同じに泊まり込みします。
12月に入り、これから一仕事が待ってる感じですf(^ー^;

でも12月9日だけは、外出させてもらうつもりです。
主治医にもこの日はどうしても用事があって・・・とお話をして了解していただきました。看護士さんにも連絡しておいてくださるそうです。

実は、友人とどうしても観たい演劇公演(青山円形劇場「ア・ラ・カルト」)があるのです。
この友人とも年に一度、この時ぐらいしかあえない貴重な時間なものですから・・・。

posted by みどり at 03:53| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

年末年始はグループホームでOK


12月2日(土)はホーム長Sさん、看護士・責任者のFさん、と入居者の家族が
集まっての話し合い「家族会」がありました。

グループホームに着くと、ホーム長さんより「前月の入院のための外出届けを書いて
ください」と用紙を渡されました。
次に「年末年始の分も書いてください」とまた用紙を渡されました。
それじゃまるで、こちらが年末年始は家に帰ることを了承済みみたいな言い方
に聞こえます。
今日は、そのことの話し合いをしに来たつもりでしたが。
だってこの前、ホーム長さんはたしか「後で調整しましょう」と言ってたはず。

私が「今日はその件でお話をすると聞いてますが」というと「年末年始は職員全員
いなくなるわけではありませんが」とのこと。
うーん、なんかちょっと少しばかりヤな感じ。

どうも最近ホーム長さんとのお話は、お互い伝えたいことがきちんと伝わってないと感
じます。
その場で、家の状況を説明しつれて帰れない(家で過ごせない)ことを伝えました。
「いつも戻れないと言うことですね」というからはっきりと「そうです」と伝えました。
私も気が短いので、けんか腰にならないようにしなければ。
とりあえず、年末年始もグループホームで過ごせるらしい。

「家族会」ではグループホームの最近の活動や、今後の計画などの報告がありました。
今までは紙おむつや、入れ歯の洗浄剤など個人で持ってきていたのを使ってもらって
ましたが個人個人の分の保管は場所も取るから、これをやめますとのこと。
一ヶ月一律2000円徴収して、グループホームでまとめて管理することになりました。

私にとって一番気になるのは年末年始のこと。
どうもこの話は、入居者の家族にそれぞれに連絡がすでに入っているらしい。
皆さんの反応を見ると、どうやら私と同じで「家で過ごしてください」と言われてあわて
たらしいです。
そりゃそうですよね。
家でのお世話が難しくなったから、グループホームに来たのですから。
たまには家で過ごしてください、と言われても以前とは状況が違ってきているん
ですから、家ではもう無理なのはしょうがないと思います。

それぞれの入居者の方が、年末年始どういう過ごし方をするのかまでは分かりま
せんでしたが帰りに一緒になった方とお話ししたら、その方も年末年始はグループ
ホームで過ごしてもらうことにしたそうです。
やはりうちだけではない、とわかりホッとしました。
posted by みどり at 03:37| Comment(2) | グループホーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月01日

手術日まだ未定

11月30日(木)に母が手術を受けた病院へ、私一人で行っています。
主治医と母の直腸脱を直すための2度目の手術日を相談するためです。

実は前日の午後1時過ぎ頃、私の携帯電話に主治医から連絡があったのですが
通常私は職場では携帯の電源を切っているので、これに気がつきませんでした。

30日、医師とお会いしましたが、今度の手術は大がかりになるので他の病院の
医師を呼んでやってもらうのだそうです。
最初12月8日に手術と言われたのですが、私の都合と希望は翌週なのです。
再度、先方の医師と連絡を取ってくださると言うことで、この日は終わりました。
私の携帯に連絡をしてもらえると言うことで、待っていたのですが木曜日も金曜日も
連絡が無くがっかりです。

いずれにしろ手術日は12月の第2週か第3週に決まりそうです。

医師と会う前に、病院の待合室にあった一般向け医学雑誌「がん治療最前線」を見て
いました。
がんは人ごとではないので私も、少し前までこの本を購読してましたが最近は読んで
いなかったのです。(2000年8月に乳ガン手術を受けています)
ぱらぱら見ていたら、乳ガンのことのQ&Aのページに載っていた医師の写真がどっ
かでみたような・・・・・と、思ったら母の主治医(この病院の副院長さん)でした。
先生は乳ガンが専門だったのね。

明日12月2日はグループホームで「家族会」なので行ってきます。
posted by みどり at 23:41| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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