2008年02月24日

自己紹介を兼ねての経過説明 その6

2月の庭の花


今日2月24日、午前中にグループホームにいる母のところへ行くため家を出たので
すが、強風のため最寄りのJR武蔵野線は案の定、運手見合わせ。
先日、市役所から母の「国民健康保険被保険者証」が郵送されていたのでこれを
グループホームに持っていかなければならないのですが、バックにいれてるのに
いつもお渡ししてくるのを忘れています。
遠回りしてでも行こうかと思ったのですが、他の線もダイヤは乱れているし時間
かけて行ったら、時間かけて戻ってこなければならないので家に戻ってきました。

で、今日は家の中の片付けをすませたのでこれから事務仕事(母の確定申告と
後見事務報告書のことです)に没頭しようと思います。

その前に、庭を見たらまだまだ寒いと思ったのに、小さな花(大きさ2,3センチくらい)が
さいてるしよく見ればもう水仙やチューリップの芽がでてるではありませんか!

水仙の芽


春はもうすぐ!
もたもたしてると、どんどん時間は過ぎていきます。


自己紹介を兼ねての経過説明 その6です。

2005年12月20日(火)

私も母も6時50分頃起床。母はおとなしいが、私を見るなり「あんた誰」と言った。
朝起きてからいきなりこんな事言うのは多分この時が初めて。
部屋まで持って来ていただいた朝食をとるが、母はほとんど食べない。

9時過ぎに市役所の介護福祉課より電話が入る。ケアマネジメントのKさんからも介護福祉課のWさんへ連絡が行ったらしい。
前日にお会いしたWさんが10時過ぎに来てくれて、今後のことを相談する。
私一人でこの時の母は手におえる状態ではなかったのでWさんからはグループホームへの入居を勧められる。
体験入所も出来るとのことで、いくつかピックアップしていただいたので、翌日Wさんと
一緒にその内の二ヶ所回って見るお約束をする。

平行して入院も可能な精神科のある大きなA病院へ(入院を前提に)診察受けにことも検討。

この日の母は前日同様かなりの興奮状態。
私が着替えやお金を取りに家に戻るというと、またまた人殺しがいると大騒ぎ。
人殺しがいるから私が危ないとか、そういうわけではないのです。
とりあえず、母をなんとか納得させるために職場に行ってくるから、というと少し納得
してれたようなので少しおとなしくなったところを見計らって泊まっていた「サンセット
○○」をでる。

家に戻ってからは、私の職場へも連絡を入れ上司に隠すことなく事情を説明し数日休ませていただくお願いをする。
(もちろん前日も職場には電話をしていますが、あのめまぐるしい一日のどの時点で電話を
入れたか覚えていません。ちなみにこの頃はまだ携帯電話は持っていませんでした)

家を出てから、前日診ていただいた病院へ向かいました。
前日のお支払いを済ませていなかったからです。
最寄り駅からはかなり離れているし、診療時間も終わる間際だったので駅前からタクシーに乗る。
病院に着くと広い待合室にはもう誰もいませんでしたが偶然、前夜診ていただいた
ドクターとお会いしました。
「お母さんの様子はどうですか?」と声をかけて下さったのが私にはうれしい。
お支払いを済ませ、母のいる「サンセット○○」へ戻る。

前日は一日中泣いてばかりの私でしたが、この日は泣いているヒマはなかったきがします。

この日一番ホッとしたのは病院へ向かう為に乗った、年配の男性ドライバーの運転するタクシーの中にいたときでした。
posted by みどり at 14:46| Comment(0) | 自己紹介をかねての経過説明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月21日

グループホーム利用者調査アンケート記入、投函




先日郵送されていた「平成19年度 認知症対応型共同生活介護 認知症高齢者
グループホーム利用者調査」の、アンケート用紙に記入済ませたところです。

書いてある質問に対しての答えは、いくつか書いてある例の中から当てはまる番号
に○を付けるだけなので、取っても簡単。

後、グループホームに対しての意見を自由に書く欄があるので、ちょっとだけ気になる
事を書いておくことにしました。


今利用しているグループホームは、こちらがいつでも訪問することが出来るし、母も
快適に過ごしているようなので特別不満はありません。

気になる事というのは、職員さんが今何人いるのか?とか全員のお名前を知らないと言うことです。
前にいた方が、いつの間にか辞めてしまったのか姿をみなくなっていたりいるし。
私にも母にも何の関係も、問題もないけれど、母が一日家族同然にすごしている方の
ことを知らないというのは、どうもすっきりしません。
職員さんのお名前、移動など、こちらに教えていただきたいということ、
書いておくことにしました。

アンケート用紙は、封筒に入れて封をしました。
今日これから出勤途中で投函しましょ。
posted by みどり at 05:38| Comment(0) | グループホーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月18日

グループホーム利用者調査



先日はグループホームより「認知症対応型共同生活介護『認知症高齢者グループホーム』利用者調査」
のアンケートが郵送されてきました。
これはこちらのグループホームが、よりよいサービスを目指して、千葉県の地域密着型サービス外部評価を実地するというもの。
この評価は、千葉県によって認証されている評価機関○○○○○が実地します。
アンケートの送付先は○○○○○。
アンケートにはこちらの住所氏名は書かないでもよいものです。

前回のアンケートは2006年の年末か2007年の頭だったと思います。
母の入院、手術があり私も何かとバタバタしていてアンケートを出しそびれました。
住所氏名はかかないアンケートなのに、私が出してないと言うのはグループホームには分かっていたので、それって匿名になって無いじゃないかと思ったのですが。
まあ、それはともかく、今回は早めに出すことにしましょう。



2月16日(土)にグループホームにいる母のところに行っています。
第三土曜は看護師のFさんはいるようにします、と言っていたからこの日は外さないように
と思っていったのですがFさん、いないんでちょっとがっかり。
Fさんなら、看護師としての立場から母の様子をうかがえると思っていたので。

でもホーム長さんがいたので話は伺えました。
午前中に行こうと思っていましたが、ちょっと出遅れてもより駅に着いたときはグループホームの昼食時間。
(行く前に、下着のシャツとズボン下を購入してます)
駅前でちょっと時間をつぶし12時半頃着くようにしました。

母は最近、食べるのがかなり遅いらしい。
以前は詰め込むように、早く食べていたのに。
以前より動作もかなり緩慢になっているようです。
座るときも、どすんと、落ちるような感じで座るらしい。
自分でよく見ないで椅子のはじに、どすんと座るからするっと滑って落ちることもある
ようです。

食事の後で、私が一度トイレに連れて行きましたが、トイレでもおなじ。
落ちるようにどすんと座ってしまい、今度はなかなか立ってくれない。
立ってもまたすぐ座ろうとするから、おしり拭いたり、ズボンを上げる時間がない。
今の母は、かなり手間がかかります。

母が部屋で使っているのは、介護ベッドではなく今は普通のベッド。
ベッドのはじにドスンと座るため、マットがずれて滑り落ちそうになるからベッドの木枠
とマットの間に滑り止め防止のゴム製の網みたいな物をおきました。
本来はキッチンとかで、使う物らしい。

母と話をしても、この日は数分おきに「あんた誰」を連発。
しかも私の顔見て「悪い顔」ですって。親に言われたくないわ(^◇^;)
美人じゃないのはよく分かってますって。
小学生の頃は、太っていたこともあり男の子達からいつも「ブタ」「ブス」と言われ続け
毎日ずいぶん泣かされました。
私が臆病なのは、この頃の経験のせいかと思います。
次に生まれ変わるときは、薄命でもいいから美人に生まれたいなあ。

私が帰るとき「お見送りしてくれるかな?」と聞くと「行く」と言ってくれたので、母と一緒に玄関へ。
私のことなどすっかり忘れているように見えたこの日の母ですが、私が玄関から出て行こうとすると、
まるで置いてきぼりされた小さい子がお母さんの後を追いかけて行こうとするように、
泣きそうな顔で一緒に行こうとするではないですか。
こんな様子を見せたのはこの日が初めてです。
滑って倒れたので、そばにいたホーム長さんが抱き起こすと何事も無かったみたいに
もう私に背を向けてリビングの方へ行ってしまいました。

母の様子をみていると、以前は10年15年は大丈夫かな、と思っていたのですが
この日の母の様子をみていると一緒にいられるのは後2,3年、長くて5,6,年かなと
感じました。
私ができる親孝行はしっかりするつもりです。
優先順位をよく考えて行動しないと、と感じています。




posted by みどり at 05:59| Comment(3) | グループホーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

約1年半ぶりの家裁からの連絡

2006年9月に母の成年後見人になり、同年10月に初めての「後見事務報告書」を
家庭裁判所に提出していますが、その後はいつ家裁から連絡が来るのかと思って
いたら約一年半後の2008年2月13日に家裁から、2度目の「後見事務報告書」を
3月14日までに提出するようにと文書で連絡が郵送されてきました。

1,同封されている「後見事務報告書」に記入
2,「財産目録」に記入
3,「収支状況報告書」に記入(2006年6月26日〜2008年1月末までのもの)
4,被後見人(母)名義の貯金通帳、預金証書のコピー添付
5,上記収支状況の報告書の期間内の収入、支出を裏付ける通知書、領収書、金銭
出納帳等のコピー添付

5つの事をやらないと。
このところすっかり領収書等の整理を怠っていたので、面倒な作業になりそうです。
やるならいっぺんに片付けたいので、1日ぐらい有給休暇をとって作業しようかとおもいます。
有給休暇はたっぷりのこっているのに、なかなか思うようにとれないのですが2月
の後半あたりで取ろうと思います。

母の成年後見人であると言うこと、あらためて自覚させられた感じの「今」です。
何をやるも私一人だし、なんだかいろいろ考えると寂しくもなります。
家族、きょうだいが多いと何かともめることも多いらしいので、一人だから気兼ねなく
自由にできると言うこともあるようですが。

私は音がないのが寂しいとTVを付けっぱなしのことがよくあります。
観てはいないけど音がほしいので。
音だけならラジオでもいいのでは?と思われそうですが、映像もないとやはりだめなのです。
このところTVで流し放しにしてるのは現在原宿で自動人形師ムットーニ展をやってることもあり去年松屋の展覧会の時に、当日券特典としてもらったDVD。
作品紹介とムットーニさんの口上が収録されていますが、流れる音楽がとてもきれいなのです。
ダイナ・ショアの「魅惑のワルツ」、オペラ「カバレリアルスティカーナ」など。
何かのスイッチが入ったように、涙がでてしまいました。


posted by みどり at 06:38| Comment(0) | 成年後見への手続 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グループホーム、部屋の壁紙の張り替え

2月10日(日)にグループホームの母のところに行っています。
その前の週は、関東は久し振りの雪。
グループホームへ行くときに利用するJR武蔵野線は、何かとよく止まるのでいかれないか、あるいは行っても帰れなくなるかも知れないと思っていくのをさぼりました。

10日は久し振りに午前中に行っています。
案の定、武蔵野線は信号機故障で電車が遅れていました。
午前11時過ぎにグループホームに付くと、ちょうど母は散歩に出ているとのこと。
ならばと、追いかけてみることにしました。

スタッフさん一人と入居者の方一人、そして母が帰っているところに合流できました。
母は私をみても何も言ってくれません。
スタッフさんが「この方だあれ?」と言うと「みどり」とは言ってくれましたが、ほんとに
分かっているのかな?
母と外を歩くのは約1ヶ月ぶりですね。
母は何も分かってないんだなあ・・・と思っていると、目の前から自動車が走ってる
のをみて母は「車来る」と、言うではありませんか。
ちゃんと分かっているのか。
なんだかむずかしい。
天気は良いので外を歩くには気持ちの良い日です。

グループホームに戻るとホーム長さんから、お話がありました。
このグループホームもできてから約2年ちょっとたち、家のあちこちに修理・補修が
必要になってきたのでそのための費用をお願いしていいかというお話でした。
もちろん異論ありませんとも。

とりあえず今回は以前母が、壁紙に落書きをしてその部分に色を塗ってごまかして
いるが、部屋替えをしたしそこに入られた方の家族の希望もあり、壁紙を貼り替えたいとのこと。
以前母が精神状態が、一時不安定で壁に「たすけてください」と何度もいくつも書いて
しまったことがあるのです。
今回の費用は業者さんに見積もりを出してもらったところ約5万円かかるとのこと。
結構かかりますが、私としては問題ありません。
ホーム長さんにもその旨お伝えしました。

母はこちらに入居してから少々太ったので、以前持ってきた下着が小さくて着れないので、それらを持って帰ることにしました。
持っていた手提げバックに端から見て、おかしくない程度に詰め込む。

いったん家に帰ろうとしたら武蔵野線は今度は信号機故障のため完全ストップ状態。
この日はイッセー尾形さんの一人芝居のチケットとっていたので、家に帰らずそのまま北総線経由で都内の北千住駅へ向かいました。
シアター1010(せんじゅ)の公演を観てから、原宿のラップネットへ「自動人形師
ムットーニ展2008」を観に行く。
布団を外に干しっぱなしだったことを思い出したのは帰りの電車のなかのこと(^◇^;)
帰宅は午後9時頃。
雨が降らないでよかったです。
posted by みどり at 06:33| Comment(0) | グループホーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

自己紹介をかねての経過説明 その5

メール投稿です。

これからは母の様子が急変し、グループホームに入居するまでのでき事を日にちごとに書きとめて行く予定です。

2005年の12月17日(土)と12月18日(日)を何とか過ごす。
土日は私も仕事が休みなのでなんとかなりました。

困ったのは12月19日(月)。仕事に出ないとならないが、様子の急変した母を家に一人残して大丈夫だろうか。
朝から母の様子がいつもと違う。
私が話しかけても私の方を見ないようにして「無視無視…」と呟いています。
朝食を目の前に出しても、手もつけない。
私の事が自分の娘に見えてないようです。

私が出かけようとすると、その時を待っていたかのように私を押し退けて外に飛び出して行こうとしました。
もちろん止めようとしましたが、母の力は思いのほか強い。
「人殺し!人殺しがいるよー!」叫びながら公道を走って行くのを、家から20メールほど離れた所でやっと捕まえる。

母は大声でわめきっぱなし。こんなに大騒ぎしてるのに近所の人は誰一人出て来ない。
後で分かりましたが、皆さん聞こえて無いわけではなかったんです。
後日複数の近所の方から「朝声が聞こえてたけどどうしたの?」と聞かれましたから。…こういうもんですか?!

たまたま朝の散歩途中で通りかかった近所の方が一人いました。
「警察を呼べぇ」と叫び続ける母を落ち着かせる為にも、警察に来てもらった方がいいと判断。
110番に連絡してもらう事をこの方にお願いしました。
パトカーが来てとりあえず私と母は最寄りの松戸東警察へ。
事情がわかった警察の方から市役所の介護支援課へ行って相談する事を勧められる。
母の様子もだいぶ落ち着いて来ました。
母とタクシーで市役所へ向かう。

在宅介護支援センターのWさんと話をするが、ケアマネジメントの方との相談も必要とのこと。
Wさんが連絡をとってくれて、数駅先にある「○○○○サービス」のKさんにすぐお会いする約束をし、母と一緒に向かう。

「○○○○サービス」近くの最寄り駅に着いてから、改札を出ようとしたところでまた母の様子が爆発。
「警察を呼べ」とわめき続ける母を動かす事ができない。
何人の方が何事かと声をかけてくださるが、自分の手に負えないと分かると逃げるように行ってしまう。
仕方の無いことだと分かります。
でも…責任感の無い親切は辛い仕打によく似てる。

駅員さんが事務所に入れてくれたので、Kさんに電話する。
間もなくKさんが来てくれました。
母の様子を見て「よくここまで来られましたね」と驚かれる。
ケアプランどころではなくなり、先ずはこの日これからどうするかが問題になって来ました。
家には帰らない、と言い張る母の為にKさんがショートスティのできる介護施設「サンセット○○」を紹介してくれ、更に松戸東警察(生活安全課)の方を呼んでくれて一緒に覆面パトカーで「サンセット○○」へ向かう。
わめく母をなんとかなだめすかすようにして、車に乗せるまでが一苦労だったのですが。

「サンセット○○」に着いたのが午後2時頃。
Kさんは人との約束があるそうで出かけられる。
母の興奮おさまらず。水も食事もまったくとらないのに、叫び続けてます。
施設の方と警察の方から母を精神科の病院で診察してもらった方がいいのでは?と言う話になる。
しかしもう夕方、通常の診察時間は過ぎている。

どうしたらいいかまったくわからないまま午後6時頃(施設に着いてから6時まで警察の方がいてくれたのかどうか、記憶がありません。
多分いてくれたと思います)Kさんが戻って来てくれた。
やはり直ぐ精神科の診察を受けましょう、と言う話になる。
救急車で行くより警察経由の方が受け入れてもらいやすい、とのこと。
Kさんが昼間の警察の方と話しをしてくれ、私、母、Kさん、警察の方と一緒にパトカーで地元では有名な大きな精神科の病院へ向かう。

診てくれた当直の若い男性医師はどこか俳優の生瀬勝久に似てる。診察の間も母は声を振り絞るようにわめいている。
何と言ってたろうか?二年ちょっとたった今、なぜか忘れてしまいました。

ベッドが空いてないので直ぐ入院はできないとのこと。
何も食べようとしない母にもとりやすいように液体状の薬が処方去れる。
興奮を押さえる薬で、飲み物に2、3滴入れればよいとのこと。
かなり強い薬らしい。
保険証もお金も持って無いので、受付で翌日お支払いに行く約束をする。

その後「サンセット○○」に戻る。
母の興奮状態がひどいので、私が側に付き添っていることを条件に泊まれることになりました。
部屋はホテルのシングルのような雰囲気です。
後で知りますがここは介護施設としてはお値段の高いかなり高級な所でした。

警察の方から、今後のことで市役所の介護支援課のOさんに連絡を入れた、明日先方から連絡が入るだろうけど念の為こちらからも電話してくださいと言われる。

警察の方、Kさん帰られる。

ずいぶんいろんな事があった一日でした。
いろんな方に助けられた一日。
私の一日はまだ終わっていない。
なかなか母はおとなしくなってくれない。
ベッドに寝かせようとしても、逃げ出そうとするのをやっとの思いで押さえる。
母は年寄りとは思えない馬鹿力を出すのです。
この時母に引っ掛かれた手の甲のギズ痕はかなり長いこと残りました。

夜10時か11時頃施設の方がミルクティーを持って来てくれて、これは母もようやく飲んでくれました。
これがこの日母が口にした最初のもの。
そのうち母もやっとトーンダウン。でもやはり逃げ出そうとするから、私が母を羽交い締めにするような感じで押さえないとダメ。

しかし私も母も二人ともかなり疲れているはず。やがて一つのベッドに倒れ込みおりかさなるような感じでバテて寝てしまったのでした。

今思い出しても凄い1日でした。
posted by みどり at 08:41| Comment(2) | 自己紹介をかねての経過説明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

2008年2月のお支払い

先週金曜日から入院していた社長が、今週の金曜日に退院しました。
詳しい病状は聞いていませんが、しばらくは自宅療養、14日は出社して朝礼をやると
会社に電話があったそうです。
居るとうるさいからあわてないで、ゆっくりしてればいいのに、とは私だけの意見ではありません(^_^;

さて2008年2月に入ってお支払いを済ませた分の内訳です。
先月までの分、書き方を間違えていることに今頃気がつきました。
今月は間違いなく書いていますf(^―^;

<グループホームのお支払い 183,019円>

家賃(1月分) 70,000円
食材費(1月分) 45,000円
光熱費(1月分) 25,000円
共有消耗品代(1月分) 2,000円
リハビリパンツ代 2個 5,000円
尿取りパット  6個 4,500円
尿取りパットスーパービッグ 1個 1,500円
立替金(○○○薬局) 2,990円
食費控除 −1,500円
小計  154,490円


保険 認知症共同生活介護3 26,815単位
保険 認知症対応型医療連携体制 1,209単位
合計単位数 28,024単位
単位単価  10.18円 
療養金額285,284円
負担金額  28,529円(保険負担割合は療養金額の10パーセント)

(負担金額28,529円)+(小計金額154,490円)=今月お支払額 183,019円


<○○○診療所のお支払い 5,040円>
近所の診療所の医師が、月2回グループホームに往診に来てくださっています。

内訳
診察料 4,460円
居宅療養管理指導料 580円

以上です。


2008年02月04日

自己紹介をかねての経過説明 その4


このブログで一番肝心な事を書きそびれていました。
母の惚けが進み夜中の徘徊が始まり、暴れて私一人の手におえなくなり、結局グループホームにお世話をお願いするまでのいきさつを。
(ながくなりますので、数回に分けての投稿になります)


現在までの経過説明
その4

(手帳に記録していたので正確な日時が分かります)
2005年12月。
それまでは以前のことが思いだせなかったり、私のことを忘れたり、オシッコが間に合わなかったりと言った程度のことだったのですが更に難しい事態が加わって来ました。

家の中にお化けや人殺しがいる、と言い出すようになりました。
「人殺しがいる」と言ってはタンスの足元に何か見えるのか、しきりに何か探しまわる様子をみせる。
それまでは仕事を終えて帰り、食事の支度して母と食べ、母にお風呂に入ってもらい、その後寝てもらえば私はゆっくり出来た。
ゆっくり出来るのは何時も夜中の12時過ぎでしたが、でも一息入れられてた。
それが出来なくなりました。
私のそばに来ては「人殺しがいる」「お化けがいる」と探しまわるのですから。

母は12月17日(金)の夜中から12月18日(土)未明にかけて私が寝てる間に、いつの間にか外に行ってしまってました。
真冬で寒いのに上着も着ないで、裸足で。
熟睡していた私はまったく気が付かず、朝になって保護された母がお巡りさんと帰って来てはじめて目が覚めたのです。
ついに徘徊が始まりました。
お巡りさんは慣れたもので、また徘徊して保護された時の為にに母の顔写真を撮って行きました。

12月18日(土)夜。
母は110番(警察)に「人殺しがいる」と何度も電話してしまう。
仕方なく電話機はずして隠しておくと「どこ隠した!」とさがし回る。
夜、寝かそうとしても何度も窓から出て行こうとするので捕まえるのが大変。

私も眠りたい。家を飛び出さないよう、母の手を握って寝ようとするが、これはちょっと無理。
もうダメ。私一人の手におえなくなって来ました。

続きはまた後ほど。
posted by みどり at 00:07| Comment(3) | 自己紹介をかねての経過説明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月02日

社長吐血

沈丁花のつぼみ
冒頭の画像は自宅の沈丁花のつぼみです。
花が咲くのはまだまだ先、3月に入ってからだと思います。



アホだアホだと思っている職場の社長が、金曜日の昼に社長室で吐血しました。
その場には居合わせなかったのですが、意識ははっきりしているし救急車が来るまで
立って待っていたそうです。
現場を見てあわてた同僚が私に知らせに来たとき、私は自分の席でよりによって昼食のトマトスープを飲んでいました。

社長は入院して検査になりました。
詳しいことは聞いてないのですが、吐血が液体ではなく固まりで出ていることから胃
からのものらしいです。
暴飲暴食をしているからか?
社長は昼間外出から帰ってくると、アルコールくさいことがよくあります。

しかしとにかく、血で汚れた社長室を皆で片付けをしました。
血をぞうきんで拭き取っていたら男性同僚から「平気なの?たくましいなあ」と言われてしまいました。
そっ、そうかしらんf(^―^;  全然平気なんだけど、私。
そういえば、他の女性同僚は怖がって社長室に入ってこなかったな。

たぶん当初の予定道理、私は3月末でこの職場を辞めると思います。
しかし、私も社長も生身の身体なんだな、となんかしみじみしてきました。


これまで書いてきた文章に、次の文を続けるのは変なのですが私はこの頃毎日が
楽しいです。
これから先の楽しみがいくつもできましたから。
絹で絵も描くし、今年の秋はまた日本画教室の皆さんと展覧会ができそうです。
好きなアーティストさんの作品も購入できました(詳しいことは、アート鑑賞日記をごらん下さい。
現段階ではまだ予約中で手元にありません)。

8年前に乳ガンを告知されたとき以来、頭の中が完全にリセット状態の真っ白になっていました。
これから先の未来どうするかという希望も楽しみも何も無かったなあ。
それが去年の秋頃からようやく希望というか楽しみがいろいろできてきました。
私の人生、これから!
の、はず。
posted by みどり at 11:32| Comment(2) | 私の仕事&職場(2009年9月まで) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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