2011年09月28日

母、褥瘡良くなる

一人旅から帰ってきたのが25日、日曜日。
その後、ゆっくりするヒマがありません。

老人ホーム(私の職場でもある)に入居した母の部屋の服の整理がまだ出来ていません。
急に涼しくなってきたので、夏服と秋冬の物を入れ替えて
おかないとなりませんが、なかなか時間があるようでない。

もちろん今までいた、老人ホームは片道1時間かかって
いたから、それに比べれば楽なのですが。
今までの所は、行くのがたいへんだからその分、施設側に
すっかりお任せしていたのだな、と改めて思います。

スタッフとして働く施設は、今度は文化祭がある。
それに向け、新聞作りまでやるんだそうだが、そんな時間
どこにあるんだ。
時間外でやるしかないけど、もちろん残業代などでないし
ほんとにいったいいつ、やったらいいんだ???


母の尾てい骨あたりに出来ていた、褥瘡は排泄(=オムツ交換)に
入るたびに、水で洗い清潔にし、体の向きをその都度かえている
せいか、ずいぶん良くなりました。
かかとの部分の褥瘡は、お尻の部分に比べると直りはおそいですが
じゅくじゅく感が無くなってきたので、少し良くなったようです。
でも、治るには今の母の栄養状態は、悪いらしい。



数年いた施設から、8月の頭に新しい施設に移動して約3週間で褥瘡が出来た母。
以前の施設では寝てる母を、そのままにして体の向きをまったく
変えてなかった、としか思えない。
ここに来て約2週間弱でよくなってきたのですから。

一人旅は、やはり息抜きが出来て良かったです。

2011年09月22日

母、元に戻る?

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退院後、驚くほど食べていた母ですが、昨日はガクンと量が減りました。
元に戻ったと言うべきか。
ちょっとがっかり。でも母の顔を毎日見られるのはうれしいです。

施設には戸籍謄本と印鑑証明書を提出。前日、市の行政サービスセンターに行ったらすぐ発行してくれました。

これですべて手続き完了。
やっと一段落です。




21日夜から夜行バスに乗って一人旅、のはずでしたが台風の直撃で急きょ予定変更。

今、東京駅7時03分発、岡山行きの新感線に乗っています。
新神戸で下車して六甲山にむかいます。

旅のあれこれはアート鑑賞日記のほうで詳しく書きます(^o^)/

2011年09月21日

戸籍謄本と印鑑証明書

もう12時過ぎたから、昨日のことになりますが早番の仕事を
終えてから、JR松戸駅構内にある行政サービスセンターに
行ってきました。

母が新しい老人ホームへ入居する、その書類と共に戸籍謄本と
私の印鑑証明書を提出しなければならないからです。

節電対策で役所の業務受付が午後4時半になっているのですが、
このサービスセンターは午後8時まで開いている。
物によっては受け渡しが翌日以降になる、と聞いていたのですが
戸籍謄本と印鑑証明書はすぐに受けとることができました。

これを提出すれば、総べて完了です。


21日の夜には夜行バスに乗って、一人旅に出ますが台風の影響で
どうも22日の鳥取は雨らしい。
鳥取砂丘をみるつもりだったのに、雨じゃなあ・・・(T.T)
せめて曇になってくれないかしらん。





2011年09月19日

老人ホームの敬老会・2011年版

18日(日)は職場の老人ホームの敬老会。

朝食後、利用者さんは部屋に戻ったら敬老会用の服にお着替え。
ちょっときれいにおしゃれしてもらいます。

スタッフもいつもは上は半袖のポロシャツ、下はゆったりしたパンツだけど、
今年は上は白のブラウス&黒のスカート(男性は白のシャツ&黒ズボン)に
着替える。


いつもはデイサービスのフロアーが、この日だけ敬老会の会場になります。
利用者さんとそのご家族が集まり、昼食はここでバイキング形式。
家族の来ない利用者さんに、スタッフが一人つく。
私も一人の方について、食事の介助。
利用者さんによって、ほぼ寝たきりだけど意識ははっきりしているが下には
行きたくないと言う方もいる。

白寿、米寿など節目の方に色紙と花束のプレゼントもある。

13時からスタッフの出し物の予定でしたが、皆さんの食事が早めに
済んでしまったので30分繰り上げて、幕開け。
私は他のスタッフ2名と組んでハンドベルで「虫の声」の演奏。
練習時間が3,4回しかなかったけど何とか演奏できましたf(^ー^;
その他、スタッフの合唱。

母も途中からこちらに移動して、支社長が食事の介助をしてくれて
かなり食べてくれた様子。

2時前には終了。
この後、スタッフもバイキング形式の昼食をとれる。
食事代400円は給料から引かれるのだけど、これでにぎり寿司や
デザートまで食べれるんだからうれしい。
この食事はスタッフの慰労も兼ねているわけです。



今日19日は仕事が休み。
母の入居の為の書類を書いて、施設に持っていく。

これで終わったわけではなく、これから戸籍謄本と私の印鑑証明書も
役所で交付してもらって提出しないとならないのでまだ気持ちが落ち着かない。

こまるのはなかなか役所に行けないこと。
今週は旅に出る予定なので、なおさら役所に行けない。
行くとしたら明日20日の夕方行くしかない、が市役所の本庁は
節電で受付4時半で終了と、とんでもなく不便なことになっている。
郵送サービスもあるけれど、今は一日でも早く手元にほしいのです。

調べたらJR松戸駅構内に行政サービスセンターという所があり、
午後8時まで戸籍謄本や印鑑証明書の発行をしてくれると分かった。
受付時間が遅いと、受け渡しは後日になることもあるらしいが、とりあえず
明日は仕事が終わったらここへ行くつもりです。


そんなこんなですが、19日は書類を出してからそのまま横浜へ。
人形劇俳優たいらじょうさんの公演「はなれ瞽女おりん」を観てきました。
なんだかラストで大泣きしてしまった。
感想は、後日アート鑑賞日記のほうで。


21日の夜にはJR浜松町駅から夜行バスに乗って鳥取へ行きます。
鳥取から岡山へ移動、さらに神戸・六甲山をまわってから帰ります。
旅支度がまだ出来てないから、ちょっと焦ります。

2011年09月18日

母、様子良好

病院から戻った母、目がぱっちり開いていて
寝ていても声をかけると、ずっとこちらを目で追っている。
こんなにぱっちり、目の開いてる母はみたことない。

食事は施設のミキサー食で食べてくれる。
食事の介助は、支社長、フロアー長がしてくれてますが
母は自分から口を開けて、ごくんごくんと音を立てて
飲み込んでいる。

こんな母、暫く観たことありません。
今まで、口をこじ開けるようにして食べさせてきたのに
何がどう変わったのか。

病院で、腕や胸に針で刺して栄養をもらっていたが
この栄養がよくて、そのせいか?

とにかく今は、私がゆっくり休めなくてクタクタ状態。
はやくゆっくりと休みたい。

今も、仕事から帰ってから夕飯食べて、その後いつの間にか
寝てしまい夜中12時ちょっと前に、目が覚めたところなのです。

2011年09月17日

母も荷物も新しい施設へ

この一週間ほどはゆっくり休むヒマがありませんでした。
今もない。
今度の日曜日は職場の老人ホームで「敬老会」があるからです。



木曜日から、今までのことを。

木曜日は午前中は早番の仕事。
11時であがらせてもらって、いったん家に帰って腹ごしらえ。
その後、病院へ行って退院の手続き。
お支払い金額約6万円。
約2週間入院していたのになんだか妙に安いな、と思ったけど入院中
ほとんど検査らしい検査はしてないし、食事もしてないからだな。

母は顔色も良いし、目もぱっちり開いている。

2時半少し前には、新しい施設からのお迎えあり。
施設の支社長と施設長のお二人。
4人で車に乗り(母は車いすに)3時には到着。

うっかりして母の着替えを済ませておくことを忘れていました。
この病院は、パジャマやタオルは感染症を防ぐ意味で、病院側の
ものを利用することになっているのです。
病院の寝間着を着たまま、施設へ。

部屋のベッドに入ってから、スタッフ皆が母に挨拶に来てくれた。
フロアー長も歓迎の小さな花かごを用意してくれた。

その後私は、病院から借りた寝間着とタオルを病院へ持っていき、
さらに今まで母がいた老人ホームへ。
フロアー長が母が食事を取ってくれたこと、メールしてくれました。

以前の施設に着いたのはもう夜の7時半。
行ったのは翌日は運送業者に荷物を運んでもらうので、部屋の荷物の
整理とまとめをしたかったからです。
40分ほどで終わって、帰宅したのはもう午後10時。
もうクタクタもいいところ。

金曜日。
毎週金曜日の午前中は日本画教室。
これはどうしても外したくないから、意地でも行く。

教室が終わってから、荷物を持ったまま古い施設へ。
退去の書類を施設側に渡す。
2008年7月に入居するとき、前払い金が一千万円超えていたので、
今回の退去で約半分ほど戻ってくるはず。
これは11月末に指定口座に入金されるそうです。
もちろんこれは、これからの介護費用に充当。

3階の母の部屋から、タンス以外の私でも移動できる物は1階へ
下ろしておきました。

午後2時少し前には、頼んでおいた運送業者の赤帽(ドライバー兼作業員一人)が到着。

一緒にトラックに荷物を積んで、私も車に乗せてもらい新しい施設へ移動。
古い施設もこれで最後。
約40分ほどで新しい施設へ到着。

荷物を部屋に入れ、往診の医師がみえていたので母のことでいろいろ聞かれる。

荷物の整理をして、全部終わってはいないけれど5時には終わりに
して絵の道具を家に置きにいく。

これからは、仕事、母の介護、自分の生活、この三つをはっきり分けて
行動しないとまったく休めなくなる、と感じました。

その後は、東京「夢の島」の多目的コロシアムでの野外劇を観に行く。
疲れたってこの楽しみはやめられない!
何度も書いていますが、この楽しみがあるからこそ、やっていけるのです。






2011年09月15日

赤帽手配

今日(夜中12時過ぎたのでもう昨日ですが)は、今までの施設から
新しい施設へ荷物を移動するための赤帽(運送会社)の手配をとりました。

荷物は、背の低いタンスが一さお。
車いす1台。
着替えなどを入れたダンボール箱3.4個。

金曜日の午後、私も立ち会って荷物の移動をする予定です。

2011年09月14日

Fさん亡くなる

片足の壊疽がひどかったFさんが、今日明け方亡くなりました。
一ヶ月くらい前からは食事もとれなく、寝たきり状態でした。

片足の壊疽はももの当たりにまで、広がってきてました。
これはさすがにかわいそうでした。
でも尾てい骨当たりに出来た褥瘡は、オムツ交換に入るたびに洗って
いたせいか、少し良くなってきてました。

それにしても、足がとれなくてよかった。
冗談ではなく、ほんとにスタッフみんなが思ったことです。
ほんとに関節から外れても、おかしくない状態でした。

私の母を、8月からお世話になった施設に戻すことに不安を
感じ、職場である施設に急いで移動させよう、と思ったのは
Fさんの様子を目の当たりにみたせいもあります。
なれてないスタッフばかりの施設には戻したくない、と思いました。

2011年09月13日

母、新しい施設への入居決定

まだ入院中の母ですが、私が働く有料老人ホームへの移転が決まりました。

木曜日に退院し、そのまま新しい(私の職場でもある)老人ホームへ移動します。

今までの施設には、もちろんもう連絡をしました。
ここは退去します。
そのための正式な手続きはこれからです。

母といつでも一緒、すぐそばにいられる。
母の介護を自分で出来、なおかつ専門の施設で介護できる。
何かあれば、すぐとんでいける。
何しろ自宅から徒歩、5分なのですから。


こんな形で実現するとは、思ってもいませんでした。

2011年09月12日

病院の医療ソーシャルワーカーと相談を

昨日いろいろあり私は、とても食事が食べられませんでした。

今日は仕事が休み。
母が入院している病院の医療ソーシャルワーカーさんと話をしてきました。
今までいた施設に戻るのではなく、別の新しい施設へ行きたいとのことを。

ソーシャルワーカーさんは、その施設の責任者と連絡をとり
これから書類を作成するそうです。
施設ではそれを見て、受入可能かどうか判断するそうです。

もちろん今までの施設にも、連絡はいれました。

結論は今週末か、来週頭にはでるはずです。
posted by みどり at 14:30| Comment(0) | 病院・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月11日

アクシデント

今日も仕事。
今日は、ここに書けない大変なことをしてしまいました。
母のことでも、この前書いた壊疽の広がっているFさんのことでもありません。


これだけ、書き留めておきます。

2011年09月09日

もう一つの選択

今はもう昨日の事の記録。

朝、病院より電話があり施設側に連絡したとのこと。
携帯電話の留守録を聞いた。

その後、こちらから施設側にも問い合わせ。
夜になって、施設の担当者よりこれから退院の日を
病院側と調整するとのこと。
ただし、今の母はすぐむせたりして危険なので緊急時は
またこの病院で受け入れてもらう、という話になった。


今後の事はまだまだ不安があります。
一つの選択として、今私が働いている施設で母を受け入れて
もらうというのもあります。
私自身気持ちが決まっていないのですが、施設のケアマネでも
ある上司に、今の母のことは少し話をしてます。

真剣に検討した方が良いかも。

2011年09月07日

壊疽の怖さ

働いている老人ホームの利用者さんのFさん。
右足の壊疽が日に日にひどくなっている。
つまり広がっている。

一部、医師が削ったそうだけど、もうくるぶしあたりは
骨が剥き出しになっている。

排泄(=オムツ交換)の際は二人がかり。
つまり一人がオムツ交換して、一人はFさんの足をささえてる。

尾てい骨当たりも褥瘡(=床ずれ)が出来ているので、これは
排泄に入ったとき、私が患部を洗滌してラップにプロペト
(皮膚の保護剤)を塗ってから患部に当てる。

足の壊疽部分はナースが洗滌し、パットを当ててくれる。

先週あたりは、翌日Fさんの排泄に入らなければならない
と、思ったら1時間おきに目が覚めてしまい眠れなかった。

冗談ではなく、このままでは右足がほんとにくるぶし
当たりからもげそうなのですから。

壊疽は恐ろしいです。

選択いろいろ

今日午前中、母が入院している病院から電話があり
急きょ夕方、また担当医師と会ってきました。

母の食事は、病院のリハビリの専門家がやっても
全然食べられない、とのこと。
胃瘻か、肩当たりからカテーテルを入れて栄養を入れるかすれば
元気でいられるが、どうしますかということだった。

母の食事は、初めての人間が食べさせることなど、いくらリハビリの
専門家といってもとうてい無理なのは分かっていました。

私は胃瘻にはしたくないけれど、果たして老人ホーム側が
今の状態の母を受け入れてくれるか疑問。

でも病院に入院してしまってから、口から食べる事をしてない
から、このまま時間が過ぎたらどんどん「食べる」ことを忘れて
しまうのは間違いなし。

担当医も「戻るなら今ですよ」と言ったので、私の
気持ちは少しは分かってくれたようです。

病院側から施設に問い合わせして、受入の調整を
してみるとのこと。

今日病院に行く前は、今日担当医に会って聞いた話を
施設側に電話しようと思ったけれど、とりあえず
病院側から連絡が来るのを待とうと思います。




老人ホームを決める際、施設長さんから母が食べられなくなった時、
胃瘻を希望しないなら、徐々に食事を減らして1週間ほどで終わりに
なるようにしましょうと、言ってもらえました。
つまり食べられなくなったら、穏やかに死を迎えましょうと言うこと。
言った言葉は違うかもしれないけど、意味はそういう事です。

胃瘻でも点滴でも何でもして、生きていればそれでOK
という方もいるでしょうが、私はそうは思えません。
私はこの施設長さんになら、母を安心して任せられると
おもったので、この施設に入居を決めました。

でも会社合併で、この施設長さんはもう辞めてしまったし
頼れる方、相談できる方がいなくなってしまった気分です。

決めるのは私ですが、今はまだ成り行きをみてからと思います。



2011年09月06日

母、検査は無し


9月5日(月)は仕事を1時間早い3時で上がらせてもらい
入院してる母のところへ。

やっと担当医師と会えて話を聞く。
当初会った血便も今はないし、内視鏡等で検査しようにも
今の母は検査のためにバリウムを飲んだりが出来ないから、
検査ができない。
血便がないから、それで良しとして食事を再開して様子を
見ましょうとのこと。
今、食事をストップしていたがこのままにしてると胃腸の
働きが鈍ってしまって、ますます食べられなくなる恐れが
あるから、と。


特に問題なければ来週退院できることを、目指しましょう
とのこと。

母のかかとは、老人ホームの対応のせいで褥瘡(とこずれ)が
出来ている。
かかとをおおうクッションに便がついていて、それが
そのままベッドに下に置かれていた。

この病院では寝間着、タオルは感染予防もかねて病院側から
借りる形になっている。

便で汚れたクッションは、家族が洗うんだそうだ。
便の着いた汚れ物をそのままにしてる病院。
イマイチ納得いかない。

病院の中に洗い場と、コイン入れて使う乾燥機はあったが
家に持ち帰ってあらうことにした。

汚れクッションビニールに包んだまま、この日はそのまま初台の
新国立劇場へ。
「毛皮のマリー人形劇版」を観る。

さらに今日は江戸川競艇内の江戸川アートミュージアムの
アートツアーに参加。
JR平井駅から無料の送迎バスがでているので、帰りも平井駅へ。

平井は私にはなじみ深い場所。
檀家になっているお寺があるからです。
アートツアーの後は、父の墓参り。
渋谷へ出てから映画「エッセンシャル・キリング」を観て帰る。




職場の上司には、母が入院した話をした。
様子を見に行ってそんなに悪い様子では無かったことも伝える。
上司から「もう、見て分かるようになったでしょ」と言われたが
確かにそうだ。
「見て分かる」とは、まだまだだいじょぶそうだ、とかもうあぶないかということ。

仕事が介護付き有料老人ホームの介護で、ここで既に何人も亡くなる
人を見てきたせいで、様子がだいたい分かるようになってきました。

2011年09月04日

明日担当医に会う

母の様態がどうなのか、検査がいつなのかとにかく
今は全く何もわからないのですが、とりあえず明日の夕方
担当医に会ってお話が伺えることがわかりました。

なので明日は仕事を3時で、あがらせてもらうことにしました。



今日も早番の仕事を終えてから、病院の母の所へ。
点滴中。
声をかけると、いくらか分かるようだけど今日は
時々大きな声を出す。
点滴の針がいたいのか?

とりあえず今日も自分の血圧を測ってみる。
最高血圧97、最低血圧54、脈拍64
もう一回。
上98,下55,脈拍62

なぜ昨日より低いのかわかりません。
体調が昨日より悪い、と言うことはありません。

2011年09月03日

母、見た目は普通

今日は、早番の仕事を終えてから病院にいる
母のところへ。
母の紙オムツは、昨日母の施設にとりにいこうと、思ったのですが
何を病院に持っていったらいいか担当スタッフさんに電話で聞いた
のですが、それならばと担当さんが昨日の夜、病院まで持ってきてくれていました。


担当医師と直接話が出来てないので、詳しいことは全く不明。

母は今飲食禁止。
行ったときは点滴を受けていた。

声をかけると、目を開けて私を見るから少しはわかるらしい。
しきりにあくびする。
見た感じは落ちついて、穏やかそうに見える。

前日行ったとき、唇が荒れていたので今日はリップクリームと
肌に塗るクリームを買ってから行って、母につけてあげた。

帰りはなんだかとても疲れました。
急にどっと疲れが出た感じです。

病院のロビーに血圧計があったので、測ってみる。

右腕ではかったら最高血圧101,最低血圧56、脈拍75.
次に左腕でもう一回。
上102、下51,脈拍72。
ほぼ同じ。

私はもともと血圧が低いので、これでいつもどおり。
高血圧より良いように思われるけれど、時々立ちくらみを
起こすようで、目の前と頭がクラクラすることがある。

クラクラするのは、以前右眼を手術したせいもあるけれど、
低血圧も要因の一つのようです。







2011年09月02日

母の入院の手続きを

朝、母が8月頭までいた施設の施設長さんより電話が来た。
母入院の話を聞いたから、らしい。
私は今の施設ではまだまだ不安があることを伝える。
これは正直な気持ちだから。
新しい今の施設に来てから、母はかかとに褥瘡(じょくそう=床ずれ)までつくっているのですから。

今日は午前中は日本画教室へ。

一度家に戻ってから、昨日母が入院した病院へ行く。
同じ千葉県内で、最寄りの沿線沿いにあるが自宅からは50分くらいか。

入院の手続きの書類を書く。
緊急時の連絡先はもちろん私だが、私に連絡が取れないときは
今の施設の担当者にした。

担当医師に様子をうかがいたいけれど、今日はいないとのこと。
明日は来るので、明日以降で話が聞ける日時の連絡をもらえることになった。



ベッドに横になってる母に声をかけたら、目を開けたが
あくびしてまたすぐ寝てしまった。

病院を出たのが午後4時過ぎ。
家にそのまま帰るのが嫌で、都内に行って9月になって衣装替えしているはずの
JR浜松町駅の「小便小僧」の写真を撮りに行き、原宿で開催中の展覧会一つ観て帰る。
写真はアート鑑賞ブログに使うため、毎月撮ることにしているのです。

食事して、入浴して、友人からメールが届いていた。
明日は自分の誕生日だったこと、ほんとに忘れてました。

まるで夢でも見ているみたいに、いろんな事のあった長い一日でした。

母、検査のため入院

2011年9月1日 庭のオクラの花


冒頭の画像はオクラの花。
オクラは大輪の美しい黄色の花を咲かせます。
これが見たくて、種を蒔いたのです。
こちらは、花を見そびれて気がついたら実になってました。

2011年9月1日 庭のオクラの実




昨日9月1日よ、今日9月2日は仕事は休みを取ってました。

血便のあった母は施設の往診の医師の診察を受け、1日の
午後検査をするために入院となりました。
もう母は病院へ行ってます。

私は出かけていたので、この入院の連絡である携帯電話の
留守電を聞いたのが午後8時過ぎ。
その後、老人ホームの担当さんとも連絡が取れ、明日
私が正式に入院の手続きをするため、病院へ行く
事にしました。

明日の午前中行くべきなんだろうけど、明日の午前は
日本画教室へ行く日。
私にとっては1週間ぶりに楽しみにしていた、週に一度
絵を描く日なので休みたくない。

午後は友人と会う約束をしていたのだが、これは来週に
延期してもらった。


ところで前日の利用者さんの夕飯のこと、母の担当さんに
話をした。
今日母が診察を受けるから、その後連絡をほしい、と電話した
ついでを装って、お盆の上がご飯、味噌汁、キュウリだけだったことを話した。
(このメニューだった4人の利用者さんは、自分で食事がとれる
普通食の方)
ご飯が炊き込みご飯か?と思ったけど、白いからそうは
みえなかったし。
厨房と連絡取ってみるとのこと。

この施設、よくよく見てないとおかしな事ばかりだ。
なんだか信じられない。



そもそもこの担当さんの言動、いちいち私のかんに障る。
母の連絡も要点を話すことが出来ず、結論がなかなか出てない。
いつもなんだか申し訳なさそうな、自信のなさそうな
しゃべり方なのだ。

母の状態が悪いのは分かり切ってることなのだから、言うことは
さっさとはっきり言ってほしい。
しかも今回入院のため病院へ行ったというのに、施設から母の
オムツをもっていかなかったという。
病院で買ってください、と言われてしまった。
あきれるというか、溜息がでそうです。



2011年09月01日

血便あり&粗食

昨日8月31日は、早番の仕事の後母のいる老人ホームへ。
血便があったとのことで、今日病院へ行ってみるとのこと。


それにしてもこの施設、同じ系列の施設とは思えないほど
以前のところと雰囲気がちがう。
スタッフの仕事の様子も完全に流れ作業に見える。

いつのものように夕飯時に行ったが、利用者さんだけフロアーに
残して一時とはいえ、スタッフが完全にいなくなるっておかしないか。
私が働いている施設なら、絶対こんなことしない。

自分の親の食事介助をする。
と、言ってもゼリーのみだが。



テーブルについた利用者さんに、スタッフが配膳してから一つの
テーブルに座っていた4人の利用者さんがスタッフをよんで
「私たちの意見なんだけど、このごはんひどくない」と
言った。
なんだろうと見たら、ご飯、味噌汁、キュウリの塩もみだけ。
確かになんだこれ。
おかずが何にも無し。
この日は、昼間「納涼祭」だったから夕飯を軽くしたのか?

今になって、そばにいたスタッフにつっこんで聞けばよかった
と思った。
他のテーブルにはおかずがついていたようだが。
配膳車にお膳をのせて各階に持っていくのだけど、厨房で
おかずを乗せ忘れたなんてことじゃないだろうな。
人の親のことだが、どうも気になる。

明日電話して、あれで良かったのか確認して見ようと思う。



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