2011年10月31日

バンコマイシン使用開始

先日話のあった抗生物質のバンコマイシンの使用が先週金曜日からはじまりました。


飲み薬ではなく点滴です。
針を刺すための腕の血管が分かりにくいので、足からになりました。


母の体の硬直が強くなってるのが気になります。「だいじょうぶ?」と声をかけたら「だめ」とだけ言葉が返って来ました。
薬のせいかどうかは分かりませんが、つらいのかも。
副作用なく効果がでるとよいのですが。

そして母には申し訳ない、多少後ろめたさを感じつつ今日は仕事が休みだったので1日出かけました。

昨日の夜、夜行バスに乗って今日は奈良と京都を回って来ました。
以前から行ってみたかった奈良国立博物館で開催中の正倉院展を観てきました。

2011年10月24日

休みの日はいろいろと

今日は仕事が休み。

午前中、家の中の整理。
今までなかなか捨てられなかった古い本を捨てる気になった
のでせっせと整理して5,60冊破棄。
録画済みビデオテープも整理、これも5,60本破棄。
それでもまだまだ残ってる。

ここ数年、アート作品を購入しているのですっきり
きれいに飾れる部屋が目標。
(購入資金は、長年勤めていた会社を辞めた時の退職金です)


株取引もぼちぼち。
なにしろ安給料の身の上なので、給料以外の収入源を
考えないと安心できません。
始めて約3年、ようやく取引のコツがわかりかけて来た気がします。
先週買った某株式700株、今日売却して約1万円の利益。
もちろん今日は、うまくいった方です。
ちなみに私は現物取引しかしません。


午後、施設に行って母の顔をみてからその足で、放送大学の
学習センターへいく。

夜、帰ってきてから部屋の整理の続きをやろうとしましたが、
どうも選別できません。
やはり整理整頓、掃除は午前中、すっきりと頭の回転が
出来るときでないとダメのようです。

posted by みどり at 22:52| Comment(0) | 日々あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月19日

オマケでもらった時間

11101401.jpg


冒頭の画像は家の、柿の木です。
今年は春先に薬をまいたので、実が落ちることもほとんど無く
しっかり実ってます。
この柿の木、以前母が枝をすっかり切り落としてしまったので
実がこんなになるのは15,6年ぶりのような気がします。


先週から、今までの母の様子。

普段は、何も言わず、でもこちらのことを目で追ってます。

先週の水・木曜日は、どうしたことか母の意識がはっきり
したらしい。
母の部屋から変な声が聞こえる、と思って観に行くと
私の方を見ながら、はっきりしない口調ながら「いろいろありがと」と
言うではないですか。

え?と、思ったら今度は「いつまでもあそんでないではやくかえってこい」ですと。

どうも意識が今に戻った、と思ったら過去の記憶が戻ってきて
今と昔がごっちゃになっているらしい。

翌日から、また何も言わなくなってます。

足の褥瘡が、MRSA感染してるので本来は他の方に感染の危険があるのです。
でも今の母は、食事時以外は部屋の外に出ることもないし、他の
方と接触することもないので、施設の責任者の方の判断でいさせてもらっている状態です。
これを完治しないと、この施設にいることも難しくなります。

お尻の褥瘡はすっかり治ったのに、足の褥瘡は以前よりは良くなったけれど
明らかに直りが遅いです。
先日抗生物質のクラビットを処方され、飲んでいましたが効かなかったのです。

今度はさらに強い薬のバンコマイシンを使うことになりました。
これは腎臓に副作用がでる恐れあり。
施設の責任者の方の勧めもあり、使ってもらうことにしました。
薬は取り寄せなので、届くのはまだ少し先です。
今度は飲み薬ではなく、点滴になります。

この責任者の方や、担当医にも言われたし私もそう思うのですが
母は、本来は8月に検査入院して検査をするはずだったのに、病院側が
検査をしないで退院させた、あの時点で終わっていたのだと思います。

今はオマケでもらった時間。
大事にすごそうと思います。


下は庭のコスモスです。

11101402.jpg

2011年10月07日

8月から今までの母の経過

9月15日(木)に退院し、そのまま今までいた老人ホームには戻らず、
私の働く有料老人ホームへ転居させて、10月6日(木)で3週間になります。
転居させた理由はもちろん、そこの介護の仕方に疑問を感じたからです。


これまでのことをまとめておこうと思います。




それまでいた施設では、食事の飲み込みがわるいとのことで
ミキサー食になっていました。
2010年6月に、誤嚥性肺炎を起こし入院。

退院後は、さらに飲み込みが悪くなり、再度誤嚥を起こすと危険とのことで、
ミキサー食も中止。
三食全てミキサー食よりさらに水分の少ない、テリーヌ状になっている既製品の
栄養補助食になっていました。


母の食事の介助をしても、母はほとんど口を開けられず、こちらで指で
口をこじ開けるようにしてスプーンでやっと入れていました。
それでも飲み込むことがなかなかできない。
そんな状態と食事が1年ちょっと続いていました。

今年の8月になってからそれまでいた施設が、建物が老朽化したので
取り壊すことになり、同じ系列の別の施設に転居。
それまでいた施設は、自分でいくつもの施設を見学して納得して選んだところ
だったのに、今回はあらかじめ見学することもなく入居を決めことになり、
これには少々不安もありました。

転居して2週間ほどで、母の担当からお尻とかかとが赤くなってしまったと
報告を受けました。
赤くなったというのは、褥瘡(じょくそう)=床ずれ、が出来てしまったと言うことです。
それまでいた施設ではこんな事は、起こりませんでした。
不安的中です。

寝たきりの母が、転居して2週間で床ずれが出来たと言うことは、寝てる母の
体の向きを時々変えることを怠っていた、としか思えなかったです。

8月に血便が出たので、検査のためにと入院。
様子をみるため、食事を中止すると血便はでなくなりました。
内視鏡などをつかった、詳しい検査をするためには今の母は無理。

病院側より、リハビリの専門家が食事介助しても、ほとんど食べさせられない
と連絡があり、これはかなり危ない状態かと思いました。

救急病院なのでいつまでもいられないので、とりあえずそれまでの施設に
戻ることにし、また誤嚥を起こしたときなどは再度こちらの病院で受け入れて
もらえるような形にしていただけました。

しかし、転居して2週間で床ずれを作った施設に母を戻すことに危険を感じました。
食事についても、私が初めてその施設で食事を取っているところをみたら
お盆すら出ていない、まるで餌を与えているような状態。
他の入居者さんの食事が、どうしたことかあまりにお粗末なこともある。

この施設のケアの仕方には疑問がどんどん出てきたのです。

くわえて、私が働く施設では寝たきりの利用者のFさんが、小さな傷から
足の壊疽がはじまり、日に日に壊疽が広がっていくという恐ろしい光景も
目の当たりにしました。
体力が落ちていることもあり、良くならないのです。

母があの施設に戻ったら、遅かれ早かれFさんと同じ状態にされてしまうのでは。
いてもたってもいられず、職場の施設に母の事を相談。
ゲスト用にあいている部屋もあり、運良く受け入れていただけることになりました。


母が新しい施設(私の職場)に入居。
Fさんは、その前日に亡くなりました。

新しい施設に来た母は、顔つきが以前よりはっきりし、食事もミキサー食が
たべられるようになりました。
自分から口をあけてくれるのです。

なんでだろうと思ったのですが、これは薬の影響があったようです。

旧施設→病院→今度の施設、と移動するときにそれまで使っていた薬の情報が
ぬけおちていたのです。
病院から、今の施設に連絡がいかなかったらしい。

もちろん、薬を飲んでいないことに私も途中で気がつき、新しい施設側
(=新しい担当医師)に伝えました。




それまで母が長年飲んでいたのは主に以下の物です。
作用と副作用は、ごくごく簡単にまとめています。


アリセプト・・・認知症を遅らせる作用があると言われます。

グラマリール・・・興奮や不安を抑える薬。身体機能が低下する副作用あり。

リボトリール・・・これも興奮や不安を抑える薬。脱力感がでる副作用あり。

重カマ「ヨシダ」・・・一般名は酸化マグネシウム、いわゆる下剤。


本来なら薬の情報が病院から、新しい施設に伝わってないなど
あってはならないことですが、今回はそれがかえって良い結果を生みました。

私も以前は医師にお任せしていたのがよくなかったのですが、要介護5の母に
認知症をおくらせる薬のアリセプトなど必要ないと思いました。

グラマリールやリボトリールを飲んでいたのは、一時興奮状態だった時が
あったからでしょうが、そんな薬を延々と飲み続けていたのはやはりおかしい。
今まで母が口もろくに開けられなくなって、飲み込むことが出来なくなった
のは、この2種の薬のせいだったようです。

その証拠に、薬を飲まなくなった母は以前とは比べものにならないくらい
目つき、顔つきがはっきし、食事の時も自分から口を開けるし、
ゴックンと音を立てて飲み込んでくれます。

下剤は飲んでいなくても、今の母は毎日排便があります。

以前の薬は一切、飲んでいません。




新しい施設に来て、お尻に出来ていた褥瘡はきれいに治りました。

かかとの褥瘡は治りが遅いです。
かかとよりMRSA+の反応が出たため、10月4日より抗生物質の
クラビットが処方されました。
今飲んでいる薬はこれのみです。

MRSAのくわしい解説はこちらでご覧下さい。


以前の施設では、着せたり脱いだりが大変と言うことで着物タイプの
寝間着を一日中着ていましたが、今の施設ではたとえベッドで一日
寝たきりでも昼間は上下普通の服を着せてもらえます。
着たり、脱いだりが、硬直した体にとってもリハビリになる、という考えからです。

もう着られない、と思っていたきれいなブラウスを着ている母をみて、
ここに転居できてほんとに良かったと思っています。


2011年10月02日

新しい施設で母の食事介助

先週は一人旅に行きましたが、ついこの前の金曜日にもまた出かけてしまいました。
今回は木曜夜に、東京駅から夜行バスに乗り、朝、神戸の三ノ宮に到着。
六甲山のオルゴールミュージアムで、アーティストM氏のこの日登場の新作オルゴールを見る。
あまりにもかわいい作品にノックアウト状態。
行って良かった!
その日のうちに新幹線に乗って帰宅。
我ながらあきれますが、これが元気の元。



母が私の働く有料老人ホームに来て、昨日は初めて
私が母の食事介助をしました。
それまではベテランのスタッフがあたっていたのです。
思いのほか食べてくれるし、しっかり口も開けてくれる。
ゴックンと飲み込む。

以前の施設では、こんなことなかったのに何がどう変わったんだろ。
以前の施設で飲んでいた薬を、ここでは飲んでいないのが
影響してると、私は考えるのですが。


この施設に来て約2週間、お尻の褥瘡(床ずれ)はきれいに治りました。

両足のかかとの褥瘡は、まだ治っていませんが、私が午後、オムツ交換に
入った際、水で洗いあたらしいパットを当てています。
もちろん他のスタッフも、オムツ交換に入るたびに寝てる母の
体の向きも変えます。
きっと良くなるはず。


嵐のように悪いことが押し寄せても、なんとか乗り切れ、新しい
展開が広がっていく。
悪い事があっても、そのあと相殺されるかのように良いことがある。
正負の法則、と言ってしまえばそれまでだけど、悪いことがあれば
穴埋めされるようにとてもいいこともある。

いろいろな巡り合わせがあり、それが偶然とは思えない。
何かが手助けしてくれているようにも感じる毎日です。
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