2013年04月21日

母の初七日

Elizabeth Leroy 作 New Morning


早いものでもう初七日。
実は友人からのメールを見るまで、そのことに気が付きませんでした。

冒頭の画像は、施設の母の部屋の壁に飾っていた小さな写真(11X11センチ)作品です。
Elizabeth Leroy 作 New Morning
さわやかで、明日への希望を感じさせる作品です。


今日した事を。

もちろん朝は母にお線香をあげる。

書き忘れましたが、葬儀が終わったら家にある仏壇の扉は四十九日まで
閉めておくようにと葬儀会社の方から教わりました。

ネット上を調べてみると諸説あるようですが、私は閉じておくことにしました。

今日は日曜日なので役所関係の事、以外のことをしました。

午前中は葬儀会社に葬儀費用の支払いに行く。
そして今後のことも教えてもらい、この会社に御願いすることにしました。

まずは位牌(いはい)。
母が以前、父が亡くなったとき作った位牌は二人分の名前がかける
ようにしたものでした。
物は良いらしいのですが、なにぶん年月がたちすぎて古くなっている。
これは新しく作り直すことにしました。
似たデザインの位牌に父と母の名前を書いてもらうことにしました。



つぎに香炉。
墓石の前で線香を置く台です。
「香炉(こうろ)」という名前だとは今回初めて知りました。
我が家の墓石の前にはあるのは、線香を横にして置く小さな家型の台です。
長年の風雨にさらされてすっかりボロボロになっているので、直したいな
と思っていたので、これを機会に新しくすることにしました。


納骨の際、墓石に名前を刻むけれど、これは菩提寺に石材店が
入っているかもしれないので、と葬儀会社からいわれたので
後で私が確認することに。
最終的には、菩提寺に石材店が入っていたのでお寺経由で
頼むことにしました。



午後は、菩提寺に電話をして今後のことを相談しました。
電話に出たのは先日来ていただいたご住職。

親戚も少ないので、納骨も私一人で伺いたいことをお伝えして相談。
母の場合、四十九日は6月2日。
一日前の6月1日に納骨を行うことになりました。
墓石に名前を刻むための石材店の方もこの時、来てくれるとのこと。

当日の私は、桐の箱(死体埋葬許可書も入ってる)に入った骨壺、
お花、新しく作った位牌、この日まで使っていた白木の位牌を
持っていくことになります。
一人なのに結構荷物が多い。

先日、ご住職にお渡ししたお布施のことも領収書をいただけるか
うかがったところ、郵送してくださることになりました。
これで一安心です。


町会長さんの所へ行き、回覧板でまわす母の「訃報」(昨日パソコンで
つくったもの)をお渡しする。


さらに母の入居していた施設(=私の職場)へ行く。
施設長がいたので、挨拶と今後の事の相談を。
母の利用した施設料はもちろん、退去するにあたって部屋の模様替え
というか修理代というか、補修費というか、これがかなりかかることが
分かりました。
約30万円くらい。
この金額は予想外です。
通常なら毎月の利用料にプラスして定額料払っていくものだったのですが、
母の場合それをしてなかったせいもあるのです。


その後、母のいた部屋の荷物整理。
着ていた服は捨てる。
タオルは施設でも入浴時に使ってもらえる。
持ってきていた羽毛の掛け布団、加湿器、車いすも施設に寄付。

居室に置いていた小さなタンスはどうしようか。
家に持って帰るか、それともスタッフで欲しい方がいたら
もらってもらうか。
これは今迷っています。

約3時間かかっても全部は終わらないけど、夜も8時になってしまったので
いったん家に帰ることにしました。

今日は家の中の片付けがまったくできませんでした。



明日からは役所の手続きに・・・と、思いますがどこから手をつけようか。
まだ迷い中です。
posted by みどり at 22:37| Comment(0) | 母の葬儀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月20日

母の通夜&告別式の事を改めて


昨日、金曜日はいつもなら日本画教室に行くのですが、さすがに絵を
描く気持ちにはなれなくて休みました。
でも今日は母が亡くなってから、初めて自分のことで外出しました。

いつもの私なら、1週間のうちに演劇公演のひとつくらい観に行く
予定をいれているのに今週月曜日から金曜日まではなんの予定も
入れていませんでした。こういう事も珍しいのです。


葬儀関係の事で、今日やったのは少しだけ。
明日、葬儀会社に支払いに行くのでそのお金の用意。

ご近所に母のことをお知らせしなかった(なにしろご近所の皆さん母の顔は
約10年くらい見ていません)ので、この後どうしたらいいか
町会長さんに相談したら、月末に別のことで回覧板を回すから
その時に一緒に「訃報」をつければいいと、アドバイスしていただけました。
その用紙の見本をもらったので、私も自分なりの「訃報」をパソコンで
書いて仕上げる。


そして、今後のことでどこから手をつけて良いか分からず「葬儀・相続
手続き事典」という本を買いました。
読んでいると、葬儀の際のお布施もお寺に言えば普通は領収書(或いはそれに
代わる物)を出してもらえると知りました。
これは知りませんでした。
私の場合、母の成年後見人になっているから使途不明金があっては税務署に
後見事務報告をする際、困ります。

明日、菩提寺に聞いてみようと思います。
納骨の件でも相談したいので。





4月16日(火)通夜前日の事を。

朝、菩提寺に電話してご住職の都合を聞き、それを葬儀会社の担当者Hさんに伝える。
私の住む松戸市は火葬場が1カ所なので、そちらの都合はHさんが確認済み。

最終的に通夜は17日(水)の午後6時から。
告別式は18日(木)の12時半から、火葬場で荼毘にふすのが午後2時と決まりました。
会場は葬儀会社のホールで。
ここは自宅からも近くて徒歩で来られます。

従姉妹が一人、両日とも手伝いに来てくれる事になりました。

昔、父が亡くなった時は家で通夜をした記憶があるので、今回私も母の
そばにいたいと思いました。

自宅の通夜ならともかく、別の場所で通夜をやる場合、今時こういう人は少ないらしい。

しかし葬儀会社で、布団の貸出もしてくれるしホールの隣の部屋に泊まれることも
わかったので、泊まらせてもらうことにしました。
従姉妹も遠方から来てくれるので、一緒に泊まることになりました。

後やらなければならないのは、火葬がすんだらお骨は家に持ち帰るから
その為の家の中の準備。

散らかりほうだいの家の中、なんとか少しでもきれいにしなければ。
あちこち片付けるも、時間がかかる。
夜中になって疲れて、着替えもしないまま寝てしまう。




4月17日(水)通夜当日。

朝、目がさめてからさすがにこれでは、と思い入浴。
夕方手伝いの従姉妹も来てくれて、二人で葬儀会社のホールへ。

ご住職も到着。
通夜も執り行われる。
親戚は、もう一人従姉妹が来てくれただけ。
母のきょうだいは三人いるのですが、皆さんお年で足腰が悪くて
来られないとのこと。
つまり親族は私以外は二人のみです。

後は私の職場の人が来てくれました。


通夜の料理は5,6人前で用意をしたのですがこれでちょうど良かったです。

話が変わりますが、私が以前アパートで一人暮らししていたとき、隣の一人
暮らしの年配の女性が亡くなり、ドアに通夜のお知らせが貼ってあったので
その会場へ行ったことがありました。
少しはご縁のあった方ですから。
会場に来ていたのは、その方の息子夫婦らしい方だけ。
お料理が2,30人分は用意されまったく手つかずになっているのが、
とても寂しかったです。


通夜も終わり、従姉妹といったん家に戻って入浴。
(ほんとなら近所の銭湯に行きたかったのですが、この日は休みでした)
その後、ホールに戻って休みました。

しかし私、先日ぎっくり腰になってから夜は1,2時間すると目がさめ
熟睡できない日々が続いています。

変に思われるかも知れませんが、目がさめては、隣のホールに安置
されている母の顔を覗きに行っていました。
次の日にはもう顔が見られなくなるのですから。

見てるうちに目が開きそうな、そんな感じがするくらい母の顔は穏やかでした。





4月18日(木)告別式当日。

この日はもうほとんど来る人がないのが分かっていました。
親戚は来ないし、職場の方も一人来るだけ。

告別式では初七日法要も一緒にしていただきました。

でも喪主の挨拶は、簡単ながらさせてもらいました。
そして霊柩車で松戸市斎場(火葬場)へ。

松戸市斎場は、父の葬儀の時にも来てるはずですがなぜかほとんど
記憶がありません。

炉前でご住職がお経を上げてくださり、棺は炉の中へ。
ご住職はこれで帰られました。


その時間帯では我が家の他には、3件くらいの葬儀があったようです。
待ってる時間、売店の方とちょっとお話を。
やはり土日は葬儀が多く人も多いのかと思い、聞いてみると今では「家族葬」の方が多いとか。
つまり人は少ないらしい。

約1時間で収骨。
私と従姉妹が箸を使って、骨を骨壺へ。
係の方が、頭の骨は事前に取り分けておいてくださり、それは一番上に載せました。

タクシーで私と従姉妹は家に戻り、その後葬儀会社の方も来て
遺骨を安置する後飾りの祭壇を作ってくれました。

これでやっと一通り終わりました。

従姉妹が帰るので、見送りがてら私も駅まで行き、ついでに整骨院へ
よってマッサージをしてもらいました。

そしてこの夜、私は初めてのことをしました。
家にいるのに一人で外食したのです。
外出したときや、一人旅に出たとき外で食事をすることはありますが
家にいて一人で外食なんて初めてです。
たまにはいいかも、と思いました。

母がいると分かって一人で家で食べるのと、母がいなくて家で一人で食べるの、
なんだか違うのですよ。気持ちが。



どうなることかと思いましたが、終わってみればあっという間の通夜&告別式でした。
posted by みどり at 23:18| Comment(2) | 母の葬儀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

母が亡くなった4月15日の事を

4月18日(木)に母の告別式も無事終わりました。

今日は庭を見るとまったく手入れをしてなかったのに、牡丹の
(シャクヤクだったかな?)花が咲いていました。
手入れしてないから、さすがに小さいです。
手のこぶしくらいの大きさ。


2013年4月19日 庭の牡丹


まだやることは山積みですが、一区切りつきましたので
ここ数日のことを書き留めて行きたいと思います。


思えば、母の介護をしだして約10年となっていました。
仕事もしていた私一人の手に負えなくなり、市の介護福祉課の方から
「もう一人じゃ無理ですよ」と、言われて母をグループホームに入れたのが
2005年12月でした。

その後、有料老人ホームに転居、その施設が閉鎖になることになり同系列の
別の施設に転居。入院をきっかけに、さらに私が働く別の有料老人ホームに
転居に転居したのが2011年9月でした。



4月15日(月)
母の朝食介助をするも、ほとんど進まず。
とろみをつけた水が150ミリリットルと、エンシェアゼリーを少々。

午後1時過ぎに昼食介助を始めるも、やはりほとんど進まず。
(食事は車いすに乗って、食堂へ移動して食べます)
目もつぶったまま。
それでもスプーンで水を飲ませていましたが、無理してもしょうがないから
止めておこうか、と思ったとき母はまるで「うーん」とうなるような感じで、
動きが止まって頭が斜めに傾きました。

喉につまらせたのか?
でもいつもとちょっと様子が違う。
すぐにナース長に報告。
ナース長から母を連れて部屋へ行くようにと言われ、急いで車いすを押して部屋へ。
ナース長は吸引の道具を持ってすぐ来てくれました。
母の鼻にチューブを入れつつ、私に「聴診器を持ってきて」というので急いで
ステーションに戻って聴診器を持っていく。
ナース長から「脈がふれてないよ」「もう心臓が止まってる」と。

母は、私の目の前でほんとにスッと逝ってしまいました。
この時はもう午後1時半を過ぎていたと思います。
その後は、母と部屋にいるようにといわれ、ベッドに寝ている母のそばにイスを
持ってきて座っていました。

出かけられていた主治医が来てくださったのは、午後3時過ぎ。
母を診てから私に「よい親孝行を、されましたね」と言ってくださいました。

東京本社の会議に出ていた施設長も戻ってくる。
施設長から、葬儀の事をどうするかきかれるも葬儀会社のことは
決めていなかったので、施設長が教えてくれた近所の葬儀会社へ電話をいれる。

母の遺体は家に置けないので、葬儀会社に安置してもらうことにする。

昔、父が病院で亡くなったときは家に連れて帰り、家で通夜もおこなった
のですが、なにぶん小さな家なので場所的にとても大変だったのです。
祭壇こそ家の中に作りましたが、参列される方は外にイスを置いての対応でした。
それ以来、母は自分の葬儀は別の所でやるように、と言っていました。

葬儀会社の人が施設に遺体引き取りに来る時間も決まり、ナース長、施設長、
私の三人で母の体を暖かなタオルで清拭することにしました。
この施設ではご利用者さんが亡くなると、ナースと施設長で体の清拭を行うのですが、
今回はナースが声をかけてくれたので喜んで私も参加させてもらったのです。

そして、いったん家に帰って持ってきた母の服を着せました。
これは前任の施設長から、この施設に移転したばかりの時に亡くなった後で着る
服を早めに用意してあげる方が長生きする、と言われてケースに入れて置いていた
ものでした。
白いリボンタイのブラウス、黒い(でも少し銀糸が入ってキラキラ)スーツの上着とスカート。
これは昔、母が勤め人時代によく着ていた服でした。
この服にしたのもやはり前任の施設長から「お母さんなら、バリバリ働いていた頃の
服がいい」と言われたからです。
また新品を用意するものではない、とも言われていました。
寝たきりになってから、靴も無かった母ですが最後の「旅立ち」に靴がないのでは
かわいそうなので、新しいのを買って服と一緒に用意してました。
下着のシャツ、靴下とストッキングも新品を用意。
でもむくんでいた足にこれははけないので、以前からはいていたフワフワの靴下を
はかせる。

ナースは母の体の鼻や肛門に脱脂綿も詰める。
下履きは施設で用意されたT字帯をつける。

体の拘縮が強かった母ですが、なんとか服を着せました。
剥き出しの足は内出血部分が多くて、見た目ひどいのでタオルを捲きました。
本来なら黒い上着を着るところですが、拘縮した体には窮屈そうなので
足元にかける形にしてもらいました。

そして顔にお化粧を。
施設で用意してあった化粧道具を使いましたが、口紅だけは私が使っている
ものをつけました。
施設長に言われて頬紅を頬だけでなく、瞼にもつけるとなんだかとても表情が明るくなる。

葬儀会社の方も来た。
母と一緒に車に乗って、葬儀会社へ。
母は安置され、私は別室で担当の方と今後の相談。
近所の方に連絡するつもりがなかったので、規模は小さなプランで
行うことにしました。
一番安いプランでは「家族葬」があったのですが、なんかそれでは・・・
という気持ちもあり次のワンランク上のプランにしておきました。
(最終的には、家族葬でもよかったかなと思いましたが)


いったん家へ帰ってから家のお寺(=菩提寺)に電話するも、留守電。
ご住職のご都合は私が確認することに。
連絡のつく親戚にも電話をいれる。

葬儀会社の方が火葬場の空き状況を確認しておくとのこと、さらに翌日
病院へ死亡診断書もとりに行ってくれるとのことでした。

夕飯は、近所のスーパーで買ってきた物で済ませ、葬儀の
日取りが気になりつつも疲れて寝てしまいました。

続きはまた、後ほど。




<2013-04-21追記>
この日は、朝食後母を他のスタッフの手を借りて部屋のベッドに横に
してから母のオムツ交換をしました。
自分がぎっくり腰をやってしまい、まだ少し腰が痛かったのですが
他のスタッフも手を貸してくれたので、二人でオムツ交換をしたのです。

右肘の傷、背中の傷もきれいに洗い、新しいポリパットも当てる。

この日、このことが自分でできたのはとても良かったです。
悔いのない介護ができたと、ほんとに思います。


posted by みどり at 20:49| Comment(2) | 母の葬儀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

告別式、無事終わりました。


4月18日(木)に母の告別式も無事終わりました。
心配してくださった皆様、本当にありがとうございました。
ご近所にはお知らせしなかったし、親戚数人と、私の職場の
同僚数人のこぢんまりした葬儀でしたが、自分の納得いく形で
できたので良かったと思っています。

こういう写真を載せるのもどうかと思われるでしょうが、私にとっては
やっとホッして、或る意味うれしい時でもありますのでお許しを。
母の写真は昔の若い頃のものをつかいました。
(最近のは良い表情がなったので)

2013年4月18日 自宅にて


すでに亡くなっている父の戒名は「春光院釋利永居士」です。
桜の咲く春(4月)になくなったので「春光」とつけてくださったのです。
父の戒名に「院」が付くので、母の戒名も「院」をつけていただくことにしました。
母の名前の「惠美」から一字をとり「寿光院釋惠信大姉(じゅこういんしゃくえしんだいし)」となりました。

後で気が付きましたが、父も母も4月に亡くなりました。
二人一緒に4月とは。

「院」が付くとお渡しするお布施(わかりやすく言うと戒名料)が高くつく
とは聞いていたので、失礼があってはいけないと思い、お寺さんに事前に
電話で聞いてみたのですが本当に高いです!

電話口のお寺の方はご住職ではないのですが、その辺はわかってくださり
「院」が付かなければ、もっと安くなることも教えてくれました。
(ちなみにお寺は浄土真宗本願寺派。戒名ではなく法名と言うそうです)

最終的に葬儀代より、お布施の方が高くつきました。
でも私はこれで良かったと思っています(自己満足でしょうけど)。


家は狭くて、いろいろなものかくしてこの部屋に四十九日までおくことになりました。
この部屋は好きなアーティストさんの作品を置いていた場所でもあるのです。
失礼になるかしら。
アーティストM氏のオルゴール作品で、音楽がたまたまレクイエムなのです。
小さな箱のふたが開き、中から光と共に翼の現れるこの作品。
こんな場面は想定はしてなかったのですが、母に良い音楽を聞かせてあげられた気がします。


2013年4月18日 自宅にてレクイエム


作品に使われているのがこの音楽サラ・ブライトマンの歌う「Pie Jesu」です。






永眠した15日から、今日までのことはまた改めて書くことにします。

posted by みどり at 20:08| Comment(2) | 母の葬儀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。